子どもオンブズ・コラム 令和8年7月号 仲直りの前に
ページ番号1024788 更新日 令和8年7月6日 印刷
就任のごあいさつ
子ども同士のトラブルが起きたとき、私たちおとなはつい「仲直りしなさい」と声をかけてしまうことがあります。学校でも家庭でもよく聞かれる言葉です。その背景には、対立を長引かせず、よい関係を取り戻してほしいという願いがあるのだと思います。けれど、その言葉が子どもの気持ちを置き去りにしてしまうことはないでしょうか。
例えば、友だちから傷つく言葉を言われた子どもがいたとします。おとなが事情を聞き、「悪かったね」「ごめんね」「いいよ」とやり取りを促せば、その場は収まるかもしれません。一方、傷ついた子どもの心の中には、「本当はまだ悲しい」「なぜそんなことを言われたのかわからない」という思いが残っているかもしれません。また、謝った側も「とりあえず謝ればよい」と受け止め、相手がどのような思いをしたのかを十分に理解しないまま終わってしまっていることもあるでしょう。
こうした状況に対して、近年注目されているのが「修復的対話(Restorative Justice:RJ)」という考え方です。RJの源流は古く、世界各地の伝統的な共同体で受け継がれてきた問題解決の知恵にあります。現在でも、北米のナバホなどでは司法制度の中に取り入れられており、近代的な刑事司法とは異なる形で、人と人、共同体の回復を目指す実践として発展してきました。
修復的対話は、単に仲直りを目指すものではありません。何が起きたのか、その出来事によって誰がどのような影響を受けたのか、そして関係や信頼を回復するために何が必要なのかを、当事者の声を丁寧に聴きながら考えていく取り組みです。ここで大切にされるのは、「加害者」と「被害者」という固定的な枠組みだけで問題を捉えないことです。もちろん、人を傷つける行為そのものは見過ごされてはなりません。しかし、その背景には誤解や孤立、不安、ストレスなど、さまざまな事情が存在することもあります。修復的対話は、そうした複雑な現実に目を向けながら、それぞれの思いや経験に耳を傾けることを重視します。
この視点は、子どもの権利とも深く結びついています。子どもには、「守られる権利」として「いじめを受けない権利」や「安全に暮らす権利」があります。同時に、「自分の気持ちや意見を表明する権利」や、「自分に関わる問題について話をきいてもらう権利」も保障されています。
「仲直りしなさい」という言葉が先に立つと、十分に気持ちを語れないまま和解を求められ、子どもの声が置き去りにされる危険をはらんでいます。一方、修復的対話では、まず傷ついた気持ちを安心して語る機会が保障されます。そして、場合によっては、相手にも自分の思いや背景を伝える機会があります。その過程を通して、子どもたちは「自分の声が大切にされた」「きちんと話を聞いてもらえた」という感覚を得ることができます。
学校では近年、修復的なグループワークなどの実践が少しずつ広がっています。子どもたちが互いの違いを認め合い、自分の思いを安心して表現できる関係を育む取り組みでもあります。対立そのものをなくすことではなく、対立が起きたときに対話を通じて向き合えるコミュニティをつくることが目指されているのです。
ただし、修復を「みんなが仲良くなるための方法」とだけ捉えてしまうと、かえって和解を強いる圧力 になりかねません。本来、修復的な実践で大切にされるのは、関係を元に戻すことそのものではなく、傷ついた子どもの声と尊厳が尊重されることです。
私たちは、問題が起きると早く解決したいと考えがちです。しかし、本当に大切なのは、表面的な解決ではなく、傷ついた関係や失われた信頼をどのように回復していくかではないでしょうか。「仲直りしなさい」と言う前に、まず「何があったの?」「どんな気持ちだった?」「これからどうしたい?」と尋ねてみる。その小さな対話の積み重ねこそが、子どもの権利を尊重し、一人ひとりの尊厳を守りながら、よりよい関係を築いていく第一歩になるのだと思います。
執筆 オンブズパーソン 郭 理恵
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