子どもオンブズ・コラム令和4年11月号 小さな時間をともに長く過ごすこと
ページ番号1016157 更新日 令和4年11月29日 印刷
小さな時間をともに長く過ごすこと

先日、ある芸術大学の学生作品展に行ってきました。芸術に疎い私がなぜそこに出かけて行ったのかというと、作品展に出品した学生から直接、「よかったら見にきて!」と案内ハガキをもらったからです。その案内をくれたのは、以前オンブズに相談に来ていた子。と言っても、いまは成人してもうおとなです。出会ったのは、彼女が小学校5年生の時でした。そのころ友人関係に悩んでいて、学校との関係でも困っていた彼女は、お母さんと一緒に相談にやってきました。オンブズでは、保護者と一緒に相談に来てくれた場合、子どもと保護者は部屋を分けて、別々に話を聞きます。子どもの気持ちを聞くことを最優先にしているからです。
初めて私と2人で相談室に入って話を始めたときの彼女のちょっと緊張した表情と、でも人懐っこい笑顔の印象が、いまでもなんとなく私の記憶に残っています。その後、彼女は続けて相談に来てくれました。一緒にお菓子を食べながら、いろんな話をしました。好きな食べ物のこと、お気に入りのアニメのこと、はまっているゲームのこと、……そして少しずつ少しずつ、困っていること、しんどいこと、つらいこと、悔しいなと思っていることも、さりげなく話してくれるようになりました。
毎週毎週、いろんな話を聞きながら、いつも私は、ただただ「うん、うん」と相づちを打ち、「そうなんだ」と話をきいていただけ。それでも、毎週欠かさずに来て、その一週間の出来事を話していると、すぐに予定の一時間は過ぎて、「また来週!」と言って帰って行く。そんな日々が長く続きました。彼女の状況に劇的な変化が起きたわけではなく、それにしんどい時期もあったけれど、彼女は少しずつ元気になっていったように思います。そうしてやがて家から少し離れた高校に通うことなり、毎週の面談が難しくなって、彼女はオンブズを卒業していきました。
その後も、夏休みなどの長い休みの時は、事務局に訪ねてきて、近況を報告してくれました。ちょっとしんどそうなときもあったけれど、彼女の世界がどんどん広がって、充実していることが表情から感じられました。このときも、私はいつも「うん、うん」と聞いているだけで、少しずつおとなに近づいていく彼女にこうして出会えることがうれしいなと思っていました。
その流れのなかで、大学に進学したときも報告に来てくれて、芸術を専攻するという話を聞いていましたが、大学生になってからは近況報告の回数が減って、ときどき「どうしてるかな?」と思うくらいでした。それでも「便りがないのは良い便り!」と、きっと元気にしているんだろうなと思っていたところ、久しぶりに事務局を訪ねてくれたのです。ひとしきり近況を話した後、大学の作品展に作品を出品するということで案内の葉書を差し出されました。そこには彼女の名前が出品者として印刷されています。それを見て、私はうれしくなりました。
* * *
休みの日に私は彼女の作品を見に行きました。その作品から感じたのは、私の知っている彼女とはどこか違う、というより、むしろまったく知らない彼女でした。懐かしさと、新鮮さが同時にやってきたような不思議な感覚でした。そして、作品の横には彼女が作品に込めた思いが短い文章で書かれていました。なんだか危なげで、そうでありながらなにか逞しくて……。彼女は周囲のさまざまな出来事に出会い、いろんなことになんとか折り合いをつけながら、勉強して、作品を作って、大学生活を楽しんでいる。
しばらくして彼女に電話をしました。作品展の感想を伝え、「オンブズコラムでこのことを紹介してもいい?」とたずねると、迷わず「いいよ!」と答えてくれます。作品展のことだけじゃなくて、子どもの頃オンブズに来てたってことも書きたいんだけど…と聞くと、「ぜんぜん大丈夫。だって、あれがあったから、今の自分があるんだから」と言ってくれます。思わず私が「強くなったねぇ」と感嘆すると、「あれからいろんな人とたくさんふれあったからね」と。
人は、生きているかぎり、人との関係に躓いたり、思い悩んだり、関係をこじらせたりするものです。でも、そうしてしんどくなった気持ちは、やっぱり誰か人との関係のなかで回復していくしかありません。彼女もまたたくさんの人と出会い、ときに傷つけあいながらも、たくさんの人に支えられてきたのでしょう。好きな食べものの話、はまっているゲームの話、そんなささいな話で盛り上がり……、ときにつらかったことをなぐさめあい、悔しかったことを愚痴りあい……、そんな人との関係に支えられて、少しずつエネルギーを蓄えて、彼女もいまをがんばっている。そう思ったのです。
私にとってもまた、オンブズで彼女とともに過ごす時間がもてたこと、そんな一時期を彼女と一緒に過ごせたこと、その彼女といまも関わりつづけていられることが、とても大事なことだと思っています。
執筆:チーフ相談員 平野 裕子(ひらりん)
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