子どもオンブズ・コラム 令和7年10月号 見えないけどそこにある「線」
ページ番号1023111 更新日 令和7年10月7日 印刷
見えないけどそこにある「線」

僕たちの生活の中にはたくさんの「線」があります。どうやら人間という生き物は、「線を引く」というの行為が好きなようです。学校生活をふり返ってみると、ドッジボールやサッカーの試合ではいつも線を引いてコートを作り、算数の授業では複数の直線を引いて三角形や四角形を描いていたことが思い出されます。ドッジボールでは線を引くことで敵の陣地と味方の陣地が現れ、図形では線を引くことで内側と外側が分かれて面積を求めることができるようになったりします。いずれも、線を引くことが「こちら側」と「あちら側」を生じさせることにつながっており、そこに線を引くという行為の主たる機能があるようです。
世界地図を見てみると、自然には存在しない国境線や県境が、本当にそこに存在しているかのようにいろんな色で描かれています。川西市も宝塚市や伊丹市などと隣接しており、市境という見えない線で区切られています。そうした線をわざわざ引くことで、こちら側である市内と、あちら側である市外が生まれ、市の業務が円滑に進んだり市民の生活が便利になることにつながります。つまり、「線を引く」行為が世界を理解しやすくさせたり、生活をしやすくさせる側面があるということです。
このような人間の習性は、図形や地図の上だけにとどまるものではなく、人間どうしの関係にも見えない線を引いています。代表的なものは性別や人種だと思いますが、オンブズに引き寄せて言うと「子ども」と「おとな」を分ける線もかなり大きな存在感をもっています。
どこまでが子どもで、どこからがおとななのか、便宜上18歳や20歳といった数字が基準になって子どもとおとなの間に線が引かれています。その線を共通の概念として、一定程度、確かなものだと信じることで、社会は成り立っています。その結果、子どもの声は「未熟だから」「分からないから」という理由で軽んじられたり、子どもの行動が「まだ子どもだから」「おとなになってから」という理由で制限される傾向にあると言えます。とはいえ、誕生日を迎えた瞬間に、昨日まで子どもだった人が突然おとなに変わるということはなく、子どもとおとなの境目はそう単純なものではないはずです。国境線が地図上でははっきり描かれていても、実際の風景では川がなだらかに流れ、山がゆるやかに連なっているように、おとなと子どもの間は本来はグラデーションになっているのではないでしょうか。
オンブズの相談員として子どもと話をしていると、おとなが想像もしないような発想が語られることがあります。その時に、いわゆる「おとな」としての僕は「子どもの言うことだから」「それはちょっとな」と思ってしまいそうになります。その背景には、自分はおとなで相手は子どもであるという前提があります。オンブズでは子どもの話を聞くことから子どもを取り巻く問題を解決することを原則としているので、子どもの言葉をそのまま受け取るよう心がけて話を聞きます。
僕が相談員として話を聞いている時に大事にしようと思っているのは、おとな目線で子どもの言っていることを評価しないことです。これは現象学のエポケーという考えかたとつながっているように思います。エポケーとはギリシャ語で「判断の保留」や「中止」を意味するもので、自分が当たり前だと思っている前提や価値観をいったん脇に置き、先入観なしに世界を見直そうとする概念のことです。相手が子どもで自分がおとなであること、その構造自体をいったん括弧に入れて保留してみる。そして、「子どもは未熟でおとなが導くべき存在だ」という価値観を、そのまま受け入れずにまずは一度停止してみる。そうすることで、おとなが子どもと同じ目線に立って世界を見ようとする姿勢をとり、子どもを「未熟な存在」ではなく、「自分の意見や考えを表現できる主体」として見ることができるようになると思うのです。
そう考えると、子どもの声がおとなや社会に届きにくいのは、子どもの力がないからではなく、むしろおとなが「子ども」と「おとな」の境界線にとらわれていることにその原因があると考えることもできるのではないでしょうか。子どもの権利条約の意見表明権は、まさにこの線をやわらかくするために定められているのだと思います。オンブズの相談員として子どもの声に耳を傾けるにあたっては、子どもから見て「あちら側」にだけいるおとなとしてではなく、「子ども」と「おとな」の境界線を越えた子どもたちから見た「こちら側」にいるおとなとして話を聞き、一緒に考えていきたいと思います。
執筆:相談員 中村誠吾(せいくん)
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