子どもオンブズ・コラム令和3年8月号 人と人のつながり

このページの情報をツイッターでツイートできます
このページの情報をフェイスブックでシェアできます
このページの情報をラインでシェアできます

ページ番号1013955  更新日 令和3年9月13日 印刷 

人と人のつながり

大久保イラスト
大久保相談員のイラスト

 少し古い本になりますが、ハンセン病をテーマに取り上げた遠藤周作の『(新装版)わたしが・棄てた・女』(2012 講談社)という小説があります。当時、ハンセン病は誤った認識の下、人から人に伝染する不治の病として恐れられ、病と疑われた者はハンセン病療養所に終生隔離されるという政策がとられていました。この政策も後押しし、患者だけでなく、その家族までもが差別や偏見にさらされ、患者やその家族は、菌がうつるからという理由で、一家ごと引っ越しせざるを得なくなったり、仕事を不当に解雇されたり、結婚できなかったり、といった状況に追い込まれました。

 この物語に登場するミツという女性は、いつも人にやさしく、困っている人を見つけると放っておけないような人です。ある日ミツは、自身の腕にあるハレモノを発見し、医師からハンセン病の診断が下され、人々が避けてきた、まさにその療養所で暮らすことになります。

 入院初日、ミツは同じ部屋に住むことになった、たえ子と出会います。たえ子の顔は病の症状でむくみ、赤みがかった状態でした。そのたえ子が食事をミツのもとに運んできてくれるのですが、ミツは悪いとは思いつつ、その食事に箸をつけるのには気が進みません。ミツは、自分もやがてたえ子のような顔になるという恐怖を抱きます。一方、たえ子はミツから向けられたまなざしを敏感に感じつつも、今のミツの姿に入院当初の自分を重ね、自身に言い聞かせるようにつぶやきます。

 ――「苦しいのは体のことじゃなくってよ。2年間の間にあたしはやっとわかったわ。苦しいのは…誰からも愛されぬことに耐えることよ。」

 たえ子の台詞からは、病による身体症状そのものよりも、これまでの日常世界での他者とのつながりが切れてしまうことの方がつらいものだということがわかります。病による差別によって人里から隔離され、人と人との関係から排除されること、それがもっとも患者を苦しめるものでした。

 最後の場面では、ミツのハンセン病という診断は、誤診であったことが発覚します。当然、ミツは療養所を離れられることになります。別れ際、たえ子はミツに銀色の指輪を差し出します。それは、たえ子がピアニストとして初めてのリサイタルではめるはずのものでした[OT1] 。

 療養所を出発したミツは開放から幸福感を得ましたが、それは一時的なものでした。その時すでに、社会にはミツの居場所がなくなっていたのです。指輪を握りしめたミツは、気がつくと療養所に戻っており、そこで働くことを申し入れます。そしてすぐに、たえ子の姿を探しにいきます。ミツには、かつて感じていた患者への恐怖や嫌悪感はもうありません。むしろ、たえ子をはじめとする療養所に入院する人たちがミツにとって帰れる居場所になっていたのです。

 やがてミツは患者たちからあたたかく迎え入れられ、患者はミツを頼るようになり、ミツは熱心に患者のお世話をします。ミツがいつも流行歌を口ずさむので、周りも自然と流行歌を覚えます。冗談を言い合って一緒に作業をしたり、映画を観たり…そんな日々の生活が描かれています。

 

 小説の中から、とくにミツとたえ子の関係性に着目してみたいと思います。この二人は、療養所で患者同士として出会い、最終的に援助者と患者という立場になります。最初たえ子は、同じ患者の立場でありながら、ミツに語りかけたり、食事を運んでいったりと、療養所で過ごす先輩としてミツを励まそうとしていることがわかります。ミツがたえ子から大事にしていた指輪を受け取る場面では、たえ子にとってもミツが貴重な存在であることが感じられます。最後に、ミツが支援し、たえ子が支援されるという立場になってからも、そこには、ミツがたえ子の世話をするというかかわりだけではなく、たえ子の存在によってミツの居場所が守られているという関係性があることにも気づかされます。このように、苦しみを抱えた人にとって、一方向的な「支援する―支援される」という関係を超えた他者との相互的なかかわりあいや、同じ対等な人間同士として認め合う関係は、非常に大きな支えになるのだと考えられます。

 人が苦しい状況に陥っているとき、他者とのつながりも失われがちになってしまいます。そのようなとき、その人とつながり続け、相互的な人間と人間の関係の中で、その苦しみを共に味わい、共に乗り越えていくような存在としてあれるかどうか。オンブズの相談員として、今後も子ども達とのそうした関係性を保てるよう努めていきたいと思っています。

 執筆:相談員 大久保 遥(はるたん)

より良いウェブサイトにするために、ページのご感想をお聞かせください。

質問1:このページは分かりやすかったですか?
質問2:質問1で(2)(3)と回答されたかたは、理由をお聞かせください。(複数回答可)


 (注)個人情報・返信を要する内容は記入しないでください。
所管課への問い合わせについては下の「このページに関するお問い合わせ」へ。

このページに関するお問い合わせ

子どもの人権オンブズパーソン事務局

〒666-8501 川西市中央町12番1号 市役所5階
電話:072-740-1235 ファクス:072-740-1233
子どもの人権オンブズパーソン事務局へのお問い合わせは専用フォームをご利用ください。