子どもオンブズ・コラム令和2年8月号 「おこだでませんように」

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ページ番号1011527  更新日 令和2年8月18日 印刷 

『おこだでませんように』

イラスト
      平野相談員のイラスト

 『おこだでませんように』(くすのきしげのり・作、石井聖岳・絵、小学館、2008年)という絵本があります。主人公は小学校1年生の男の子。ちょっとやんちゃで元気者です。妹がいて、お母さんの仕事の帰りが遅いときには、その妹のために折り紙を折ってあげる優しい兄なのですが、でもわがままを言う妹につい腹を立て、怒鳴り、いつも妹を泣かせてしまいます。学校でも、友達がサッカーの仲間に入れてくれないことに腹を立てて、友達にキックしたりパンチをしたり・・。なので、そのたびにお母さんにも先生にも怒られます。
 でも、本人なりには、ちゃんと理由があって、妹を怒鳴ったのはせっかく折った折り紙を妹が「こんなぐちゃぐちゃなおりがみなんかいやや」と言ったからで、友達に暴力を振るったのも「おまえはルールをしらんし、らんぼうやから、なかまにいれてやらへん」と言われたからでした。でも、この主人公の男の子は、お母さんや先生に怒られたとき、こういった自分の思いを口にしません。ぼくが何か言い返すと、お母さんや先生はもっと怒るに決まっている。「だから、ぼくはだまってよこをむく。よこをむいて、なにもいわずにおこられる」のだそうです。
 でも、ぼくは考えます。「ぼくはどないしたらおこられへんのやろう。ぼくはどないしたらほめてもらえるのやろ。ぼくは・・「わるいこ」なんやろか・・。」
 そして迎えた7月7日、学校で七夕のお願いを書くことになりました。男の子は何を書こうかと一生懸命考えて、でも、なかなか浮かんできません。他の子たちはみんなすぐに書いて終わっているのに、またビリになってしまいそうです。そうして最後の最後に、小学校で習ったばっかりのひらがなで「おこだでませんように」と書きました。これは、本当は「おこられませんように」と書きたかったのです。それに「ま」は鏡文字になっています。
 このやっと書き上げた短冊を先生のところに見せにいきます。書くのが遅くなったので、きっと「またおこられる」と思いながら。すると、それを見た先生は・・。しばらくじっとその短冊を見て、泣いていました。そして、「せんせい、おこってばっかりやったんやね。・・ごめんね」と言ってくれました。その日、家に帰ってから、先生からお母さんに電話があって、長いあいだ話をしていました。電話のあと、お母さんは「ごめんね、おかあちゃんもおこってばっかりやったね」といいながらぎゅうっとしてくれて、僕はびっくりします。七夕のお願いがこんなにすぐにかなうとは思わなかったからです。そして、「たなばたさまありがとう。ぼくはもっとええこになります」とたなばたさまに感謝するのです。

 何度読んでもなんだかせつなくてほろりとするお話しです。このお話をかいたくすのきしげのりさんは元小学校の先生です。くすのきさんは実際に、あるとき、七夕の短冊に「おこだでませんように」と書かれたお願いをみつけて、このお話を書いたそうです。くすのきさんはあとがきの最後に、「子どもたちひとりひとりに、その時々でゆれうごく心があります。そして、どの子の心の中にも、このお話しの「ぼく」のような思いがあるのです。どうか、私たち大人こそが、とらわれのない素直なまなざしをもち、子どもたちの心のなかにある祈りのような思いに気づくことができますように」と書いています。
 でも、これはほんとうに難しいことです。この「ぼく」の話は小学校に入ったばかりの子どもですから、「おこられてばっかり」というのも、おそらくせいぜい一年くらいのことでしょうが、もっと学年が上がって、それでもなお「おこられてばっかり」という子どももいるはずです。そうなると、もう「せつなくてほろり」ということではすまなくなっています。オンブズで子どもたちの話を聞かせてもらうとき、その問題の背後に、いまに至るまでの長い歴史を感じさせられてしまうケースも少なくありません。
 子どもは自分のいる場所を選ぶことはできません。そして、その環境ですごしてきた子どもにとっては、それがもう当たり前になってしまって、そこに疑問も感じずに過ごしています。でも、やっぱりどこかしんどいし、おかしいなという思いがあって、それが積み重なって学校に行きづらくなったり、家族との関係がねじれてしまったり。そうして何らかのきっかけでオンブズにやって来る。そんなふうにねじれたり、こんがらがったケースでは、子ども本人もなにに困っているのか、なかなかうまく言葉にできません。
 以前、学校に行くのがしんどいということでオンブズにやってきたAさんも、思い切って相談にきたものの、学校に行きたくないはっきりした理由を自分ではなかなか言葉にできません。こちらがいろいろ聞いても、ただ「なんとなく、行きたくない」と言うだけです。それでもAさんは毎週のように面談にやってきます。最初のうちAさんは一見無口に見えたのですが、実はとっても話し好きで、日常のエピソードや好きなものの話を詳細に話してくれます。それに、その一つ一つに加えるAさんのコメントが何とも鋭くシュールで、おとなしそうに見えるAさんとのギャップがとても面白いのです。そのことに私が驚き、一緒になって面白がると、Aさんは「こんなふうに自分の話を聞いて笑ってくれる人に初めて出会った」と、いきいきした表情で言ってくれました。
 それからしばらくして、Aさん自身もようやく学校を長く休み続けていることへの不安を話すようになり、学校に行こうと思っているけれど、その一歩をどう踏み出したらいいのかがわからないと言いはじめました。そこで、どのようにしてクラスに戻るのがよいかを一緒に考え、周りの協力も得ながら、具体的なステップを少しずつAさんのペースで進めました。結果として、次第に教室で過ごす時間が増え、やがて毎日登校できるようになったのです。

 オンブズでは子どもから聞いた話をもとに、解決方法を考えます。そして「子どものことは子どもにきくのが一番」とよく言われます。でも、子どもの素直な本当の気持ちを聞くことは、シンプルなようでじつはとても難しいものです。相手との関係性のなかで、周りのおとなの顔色をみて、自分の思いを引っ込めてしまったり、自分の思いとは違うことを言ってしまうことがあります。それに子ども自身が自分の素直な気持ちがよく分かっていないこともあります。ですから、やはり時間が必要です。問題の解決には、その問題が起こるに至るまでの時間と同じだけの時間が必要だと言われますが、こちらがそれぐらいの覚悟でゆっくり構えていくこと、そのなかで子どもが自分の思いを素直に言っていいんだと思えるようになる、そんなかかわりをどうやればうまくもてるようになるんだろうかと、いまも日々模索中です。

執筆:相談員・平野裕子(ひらりん)
 

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