子どもオンブズ・コラム令和7年8月号 「何かができる」ようになる前の私
ページ番号1022724 更新日 令和7年8月7日 印刷
「何かができる」ようになる前の私

ついこの間、絵本の原画展に行く機会がありました。さとうわきこさんという絵本作家さんのものです。さとうさんは「ばばばあちゃん」シリーズで有名で、昨年の3月になくなられました。今回の原画展は、さとうさんのこれまでの作品を原画とともに振り返るというコンセプトで、「星をみつめておもいだす」とサブタイトルがついています。
さとうわきこさんの代表作「ばばばあちゃん」シリーズ(全22作もあるのです)は、主人公の「ばばばあちゃん」が、好奇心いっぱいで、いろんなことにチャレンジし、毎日を楽しみながら過ごしているお話です。読むたびに、ほのぼのと励まされ、好きな絵本のシリーズなのですが、今回の原画展では、『せんたくかあちゃん』(さとうわきこ作・絵、福音館書店、1982年)という本に新たに出会いました。
このお話は、せんたくが大好きなかあちゃんが、なんでもかんでも洗濯をしてしまうというお話です。洗濯といっても、洗濯機ではなく、たらいと洗濯板でゴシゴシ洗います。うちじゅうのものを洗ってしまったかあちゃんは、子どもたちに「なにかあらうものをさがしといで」と言って、子どもたちは猫をみつけて…。でも猫は、洗濯されては大変と「せんたくされちゃうぞ」といって逃げます。それを聞いた、犬も鳥も、下駄や傘や靴まで逃げていきます。けれど、かあちゃんが「とまれ!」と言うと、みんな魔法にかかったようにたちどまって、かあちゃんにゴシゴシ洗われてしまいます。洗濯が終わると、かあちゃんは縄をはって洗濯物をどんどん干します。服やシーツはもちろんのこと、子どもや猫やヒヨコまで。そして干し終わると「せんたくものをほしたあとはラムネのんだみたいにすっきりするねえ」とうれしそうです。そうやってせっかく干したのに、今度は黒雲がやってきて、雷さまが落ちてきます。そうすると、かあちゃんは雷さまもたらいのなかにほうりこんで、ゴシゴシあらってしまう…なんとも豪快なかあちゃんの話です。
ここに出てくるかあちゃんは、ちょっと強引で、パワフルで、でもなんだか憎めません。こんなかあちゃんがいて、いろんなものを洗濯して干したら楽しいだろうなと、次の展開を楽しんでしまいます。絵のタッチが柔らかく、ユーモラスなのもあいまって、現実にはありえないけれど、こんな世界があったらとワクワクして想像の世界がふくらむのです。
私は、子どもの頃、いろいろと空想するのが大好きな子どもでした。お人形やおままごとで世界を作って、物語の世界を楽しんでいました。でも、いつしか、そんな世界から少しずつ離れてしまいました。成長しておとなに近づいていくことは、できることが増えていく過程であり、できることが増えることはよいことと思われています。けれど、何かができるようになるということは、それを獲得する前の世界を失うことでもあります。
たとえば、子どもがことばをしゃべれるようになると、すごく世界が広がり、まわりのおとなも喜びます。けれど、ことばの世界に入った幼児は、それ以前のことばのない世界を手放さざるを得ないことになります。ことばのある世界とことば以前の世界。この二つは全く違います。「何かができる」ようになることは価値があると思われていますが、今その時をしっかり味わい楽しむことが、実はとても大切なのだと、絵本の世界に触れると、子どもの頃を思い出し、あらためて感じます。
絵本展でさとうわきこさんのこんなことばが紹介されていました。「ときにはおとなも子どものようになって遊びましょう。おとなのこけんも見栄もふりすてて、いろいろないたずらをしてみましょう。好奇心を持ちましょう。虫や石ころや空や動物に興味を持ちましょう。そうすると子どもの心が見えるようにきっとなるでしょう」と。
私もこんな気持ちを忘れずに、日々過ごしたいものだと思います。
執筆:チーフ相談員 平野 裕子(ひらりん)

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