子どもオンブズ・コラム 令和4年6月号 こども家庭庁の新設を受けて思うこと

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ページ番号1015516  更新日 令和4年6月30日 印刷 

こども家庭庁の新設を受けて思うこと

大倉イラスト
大倉代表オンブズのイラスト

 先日(2022年6月15日)、こども家庭庁設置法が国会で可決されました。こども家庭庁は、子どもが自立した個人として健やかに成長することのできる社会の実現に向け、子どもの意見を尊重し、その最善の利益を優先して考慮することを基本として、子どもや家庭の福祉の増進、子どもの権利の擁護などを行っていく省庁だとされています(内閣官房HPより)。具体的には、少子化対策、子育て支援、虐待・いじめ防止など、現在の日本において喫緊の課題となっている諸問題に対する取組みが期待されているようです。
 上記の説明の中で、個人的に特に重要だと思うのは、「子どもの意見を尊重し、その最善の利益を優先して考慮することを基本」にするという箇所です。日本という文化の中では、子どもはこれまで庇護の対象や教育の対象とみなされることが多かったように思います。言い換えれば、未熟でか弱い存在をさまざまな危険から保護しなければならないとか、さまざまな知識・能力が身に付くよう指導しなければならないといったことが、おとなが子どものことを考える際のスタンスだったということです。もちろん、子どもが健全に育っていく環境を整えるためには、そのような観点から考えていくことも、どこかでは必要でしょう。ただし、そのような発想のもとでは、子どもはどこまでいってもおとなから守られる存在、教えられる存在に留まるという点に注意が必要です。本来、子どもはおとなと同様に自分なりの意見を持ち、自分なりの仕方で人生を切り開いていく一個の主体です。いろいろな未熟さがあっても、そのような一個の主体として尊重される権利を持っているはずですが、その点についての考慮がまだ日本においては十分浸透していないように思います。
 私はふだん保育の研究などをしていますが、このことに関連して思い起こされるエピソードがあります。ある1歳児クラスの保育士をしていたA先生が書いたエピソードです(原文は長いので、私の方で要約しています)。

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 1歳10カ月のマリちゃんは、この日朝からぐずることが多かった。3日ぶりの保育園ということと、少し体調も悪かったのか、いつも以上に甘えを出し、泣くことが多かった。私の膝の上に違う子が座っていると、怒って押しのけようとし、顔は涙と鼻水でぐちゃぐちゃで、何度もティッシュで拭いてあげていた。
 そこに給食が配膳され、前半グループの子どもたちが食べる準備を始めた。それを見てマリちゃんは「まんま、まんま」と泣き出した。マリちゃんは後半グループだったので、「マリちゃん、ごめんね。マリちゃん次やしな。おいで、順番来るまで遊んでいようか」と声をかけると、マリちゃんは両手を広げて、私の方に抱っこを求めてきた。泣きながらも膝の上に座ると少し落ち着く。
 そこへタカシ君が絵本を読んでほしいとやってきた。タカシ君も私の膝の上に座りたがったので、マリちゃんはまた泣き出した。2人を半分ずつ膝に座らせて、一緒に絵本を読んであげるとマリちゃんは一旦泣き止むが、終わるとまた「まんま、まんま」と棚の上を指さして泣き出す。私はこのとき1人で5人の子どもを保育していた。マリちゃんの機嫌がいつも以上に悪いと感じながらも、まわりで遊んでいる他の子ども達のことも気になっていた。そんな私に対して、マリちゃんは棚の上を指差し「まんま」と泣く。
 「まんま」は給食が食べたいということだと思ったが、棚は絵本や紙芝居が置いてある場所である。もっと絵本を読んでほしいのかとも思い、別の絵本を次々と指さし、「これ?これ?どれが読んで欲しいの?」と聞いていくが、どれも「いや!」と首をふる。“何を訴えているのだろう。まんまはママの事?でも棚の上を指差しているし……なぜいつも以上にこれ程泣いているのだろう。なんでや、なんでや”と、マリちゃんの本当に訴えていることは何かといろいろ考えた。
 “あ!”と絵本の近くに私のエプロンがあることに気が付く。「わかった!マリちゃん!私にエプロンつけて早く給食食べさせてってこと、言いたかったん?」と言うと、マリちゃんはぴたっと泣き止み笑顔になる。「わかった、わかった、絵本じゃなかったんや」とマリちゃんの訴えていることが分かり、私も嬉しくて笑顔になる。「そうか、そうか。私がエプロンつけたらマリちゃんの給食の番がくるもんね」と声をかけると、あれだけ泣いていたのがウソのように笑顔で、マリちゃんはうん、うんと首を縦にふり、私の膝から離れ、そばにあるおもちゃで遊びだした。私はマリちゃんのその姿にびっくりしながら、マリちゃんが本当に訴えていることが分かり、本当に嬉しかった。同時にすぐにわかってあげられなかったことを申し訳なく思い、「マリちゃんの言いたかったこと、早く気付いてあげられなくてごめんね」と話しかけた。その言葉を聞いているかどうか分からない様子だったが、マリちゃんは分かってもらえたことで満足したように、まだ少しあった給食までの時間を、人形遊びやぽっとん落としなどをして遊んでいた。
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 このエピソードの前半で、A先生は調子の優れないマリちゃんに対して懸命に関わっています。膝の上で抱っこしたり、ティッシュで涙や鼻水を拭いてあげたり、優しく声をかけたりと、1歳のマリちゃんを何とか包み、あやそうとしている感じです。そんなA先生に対して、マリちゃんは「まんま、まんま」としきりに訴え出します。最初は給食を食べたいとか、絵本を読んでほしいとかいったことを訴えているのかと思って対応をするのですが、マリちゃんは納得しません。1人で5人の子どもを保育している状況下で周りの子どもたちのことも気になっていたようですが、執拗に訴え続けるマリちゃんに迫られて、必死になってマリちゃんの言おうとしていることを理解しようと考えます。
 そして、ついにマリちゃんが給食時に着けるエプロンを指差していることに気付き、「わかった!マリちゃん!私にエプロンつけて早く給食食べさせてってこと、言いたかったん?」と言います。すると、あれほど泣いていたのが嘘みたいに、マリちゃんはうん、うんと頷いて泣き止み、機嫌を直して給食までの時間を落ち着いて過ごすのです。
 このエピソードで面白いのは、自分の番が来るまで給食を食べられないという状況は、何一つ変わっていないということです。それでもマリちゃんが納得したということは、ここでマリちゃんが求めていたのは「給食を早く食べさせてもらうこと」ではなく、「『先生にエプロンを付けて食べさせてほしい』という気持ちを分かってもらうこと」だったということです。自分の言っていることを周りの人にしっかり理解してもらえたという実感が得られると、今ある多少の困難は耐えられるということは、おとなでもありますが、それと似たようなことでしょう。小さな子どもが泣いていると、おとなはつい保護的に関わり、何とかして慰め、泣き止ませようとしてしまいがちですが、1歳の子どもであっても、まず自分の言っていることをしっかり分かってほしい、受け止めてほしいと思っているのです。逆に、子どもが本当に言おうとしていることは何かということをしっかり理解せずに、おとなの側が良かれという思いだけで動いてしまうと、子どもにとって「一番いいこと(最善の利益)」は実現されないし、場合によっては事態がよりこじれていってしまうということもあるのだと思います。
 このエピソードでA先生が懸命にマリちゃんに関わっているように、子どもに関わるおとなは基本的に皆が自分なりの精一杯の努力をしているのだと思います。ただ、子どものために良かれという思いが強すぎたり、余裕がなくなったりしていて(A先生も、5人の子どもの保育をしていたこともあって、マリちゃんの気持ちへの寄り添い方が、少しだけ不十分だったのかもしれません)、子どもの本当に思っていることや言いたいこととはズレた対応になってしまうことがあると考えられます。そうしたときに、子どもの声をしっかり聞き、その思いを理解するという基本に立ち返ることは、極めて重要だと思います。また、もし日常的に子どもに関わっているおとなたちが、子どもの思いを理解する余裕を失っているような状況があるのだとすれば、そんなときに子どもの声を聞くことに専心し、それを軸にして子どもにとって「一番いいこと」を考え、その実現を目指すとともに、そのような余裕のない状況を生み出している制度上の問題を見出し、それを改善するための提言をしていくオンブズパーソンのような第三者機関があることは、大きな支えになるはずです。
 子どものことを大切にするというときに、どちらかと言えば子どもを庇護したり、教育したりといった発想で考えられる傾向のあった我が国において、今般、子どもを一個の権利の主体とみなして、その意見を尊重し、その最善の利益を優先させて、さまざまな問題を考えていくことを謳うこども家庭庁が新設されたことは、非常に大きな一歩だと思います。今後、今回の法案では見送られた子どもコミッショナー(子どもの声を聞きながら、子どもの困っていることを見つけ、調査や提言を行っていく第三者機関)などについても議論されていくことが期待されます。子どもの権利を尊重する機運が社会的にも高まってくることが見込まれる中で、全国に先駆けて作られた川西市子どもの人権オンブズパーソンに課せられた期待と役割は、極めて大きなものだと感じています。

執筆:代表オンブズパーソン 大倉 得史

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