子どもオンブズ・コラム平成29年8月号 「私はダニエル・ブレイク」

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ページ番号1001674  更新日 平成30年8月3日 印刷 

『私は、ダニエル・ブレイク』

平野相談員の似顔絵
似顔絵:平野相談員

 少し前に、イギリスのケン・ローチ監督が作った『私は、ダニエル・ブレイク』という映画を観ました。まずどんな話なのか、簡単に説明したいと思います。
 主人公はダニエル・ブレイクという59歳の男性です。ダニエルは、イギリス北東部のニューカッスルという町で、腕の良い大工として長く働いてきましたが、いまは心臓病を患い医者から働くことを止められています。生活の糧であった大工の仕事ができなくなって、就労できない人のための国の支援制度に申請しようとするのですが、なかなかうまくいきません。申請の方法はIT化が進んでいて、大工としての腕は一流でもパソコンを使えないダニエルにとっては、申請すること自体が至難の業です。マウスの使い方からわからなくて、パソコン画面の上にマウスをもっていって動かしてみたり、やっとのことで必要な情報を入力し終わったと思ったらタイムオーバーで一からやり直しになったり、踏んだり蹴ったり。窓口の人の対応も冷たくて、心臓が悪くて働くことを医者から止められていると説明しても、規則だからといって的外れな質問を延々とされてしまいます。こんなことを繰り返しているうちに、ダニエルはだんだん疲れていくのです。
 ダニエルは、申請に行った先で、同じように困っているシングルマザーのケイティに出会います。ケイティは、いまは仕事がありませんが、2人の子どもを育てながら、なんとか大学で勉強して、安定した生活ができるようになりたいという夢をもっています。けれど、移住してやってきた初めての町で、福祉の窓口で約束時間に遅れたというだけの理由でペナルティを受けて、明日の生活にも困っていました。ケイティと子どもたちに出会ったダニエルは、自身も問題を抱えたまま、彼女たちを放っておけず、いろいろと手を貸して、二人の間に友情が芽生えていきます。
 そんななか、ケイティは、新しい靴を買えないことで娘が小学校でいじめられていると知り、追いつめられたケイティは、身体を売ってお金を稼ぐことまで考えてしまいます。そのことを知ったダニエルは悲しみ、一方、自身も進まない申請作業に疲れ果て、怒りを抑えることができません。「福祉」という看板を掲げている公的機関に、助けられるどころか苦しめられているのです。思い詰めたダニエルは、白昼、たくさんの人が見ている前で役所の壁に「私は、ダニエル・ブレイク」とスプレーで書いて、警察に逮捕されてしまいます。自分はちゃんと名前をもった一人の市民なのだと大きな声で言いたかったのです。この続きは、是非、実際に映画を観てみてください。

 ここまで書くと、救いのない話に思えるかもしれません。実際、この映画は、イギリス社会で起きている現実を観る人に突きつけてきます。それに、これは決して遠い国の話ではなく、世界中どこにでもある理不尽の象徴であるようにも思えます。穏やかに生活したいと願ってまじめに生きている人が陥る窮地。そして、一度そこに落ち込んでしまうと、そこから抜け出すのは容易ではありません。人生をこじらせて上手くいかないということは誰にでも起こりうることです。だからこそ、一度こぼれ落ちてしまっても挽回できる道がなければ人は希望をもって生きられません。

 先日、大阪西成にある「NPO法人 こどもの里 自立援助ホーム」のドキュメンタリーをテレビで観ました。自立援助ホームというのは、親の病気や虐待など、なんらかの理由で家庭にいられなくなった、原則15歳から20歳までの若者たちが自立を目指すところです。児童養護施設などからも離れざるをえず、家庭の後ろ盾もない子どもが入居することから、義務教育終了後の「最後の砦」と言われたりしています。番組の中で、「自立とはどういうことだと思いますか?」と聞かれた子どもたちは、お金を稼ぎ、そのお金で自分の生活を全部まかなえることと答え、一方で、ホーム長をされている植月健司さんは、同じ質問に「自立とは、こけたときに立ち上がれること。それは関係性のなかでしか生まれへん」と答えていたのが印象的でした。本当にどん底で困ったとき、人を助けるのはお金じゃなくて、関係性。それに支えられて人は生きている。植月さんはそういう関係性を子どもたちに広げていってほしいという思いで、この仕事にかかわっているのだと言われます。

 でも、関係性を支えるというのはとても難しいことだし、皮肉なのは、その仕事が福祉行政の真ん中で担われてはいないということ。植月さんたちの仕事も行政の手の届かないところを、何とか自分たちが支えようとして広がってきたのです。「公的機関による支援」のありようと「個々人の関係を支えること」との両立の難しさがみえます。裏返していえば、日本にもまた、たくさんのダニエル、たくさんのケイティがいるのだと思わざるをえません。ひるがえって、そこにオンブズがどのように関わっていけばよいのか、そう考えたとき、それはとても重い問題です。

執筆:チーフ相談員・平野裕子(ひらりん)

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