子どもオンブズ・コラム令和元年11月号 ひとりでいるということ

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ページ番号1009685  更新日 令和1年11月26日 印刷 

ひとりでいるということ

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大久保相談員のイラスト

 先日、大学院で化学の研究をしている友人と数カ月ぶりに会い、一緒に食事をしていました。お互いの近況について話し始めたところ、すぐに最初の会話が途切れました。すると彼は、「久しぶりに人と会って話したから、会話の仕方を忘れたわ」といい放ち、笑いました。会話の仕方を忘れたというのはもちろん冗談ですが、それほどに彼は日常のほとんどの時間をひとりで過ごしていると言いました。普通であれば、相手の人間関係を心配におもうところです。もし、子どもから同じ言葉をきいたら、わたしはひどく驚くとおもいます。しかし、彼が伝えたメッセージは、人一倍ひとりの時間を多くとれたおかげで、自分の研究に集中できたというポジティブな意味をしめすものだとわかりました。わたしは最初とまどいましたが、話している中で「順調そうね」といって笑い返しました。
 彼の発言に笑い返してから、会話するような友達が少ない、ひとりで過ごす時間が多いといったことに対して、ネガティブなイメージを前提に抱いていたことに気づかされました。どうしてひとりでいることに対して否定的な印象が先に浮かんだのかと、ふと疑問におもいました。
 数年前、「便所飯」という衝撃的な言葉を知りました。お昼時に、一緒にご飯を食べる相手のいない学生が、ひとりで食べる姿を見られたくないがために、トイレの個室の中で食事を取るというのです。事実として、どれほどの学生がそこまでしていたかは定かではありませんが、わたしも学生の頃、昼食を一緒に食べる人を必死に探していた記憶があります。なので、ひとりぼっちで友達がいない人だとおもわれたくない、そんな気持ちはわかる気がします。コミュニケーション論を専門とする社会学者の辻大介さんの調査によると、20~40歳の若年層で「ひとりで部屋にいたり食事したりするのは耐えられない」と答えた者は16%である一方で、「周りから友達がいないように見られるのは耐えられない」という回答は43%に達するそうです。ここでポイントなのは、ひとりでいるということそれ自体ではなく、そこに向けられる周囲からの視線を意識している割合が高いという点です。  
 子どもたちの場合、お昼時だけではなく、丸一日中、そうした周囲からの視線を意識する状況下におかれていると考えられます。登下校、授業と授業の休み時間、移動教室…学校生活のさまざまな場面で、ひとりで過ごすか誰かと一緒かの選択をしなくてはなりません。そして、その行動は、常に固定化されたクラスメイトの目が届く中で行われます。自分ひとりで行動することができたとしても、常に誰かからの視線を感じとっている空間の中にいるがゆえに、行動を共にする誰かがいないと不安になるといったことが起こりやすいのだとおもいます。
 また、近年では、学校のみならずネット上でもその教室空間が地続きに広がっているといわれます。いじめ問題にも詳しい社会学者の土井隆義さんによると、近年問題視されているネット依存の多くは、「つながり依存」から発生しているといいます。子どもたちは、教室内でひとりぼっちにならないように、ネット機器を介して互いの息づかいを常に確認しあって、人間関係を維持しようとしているそうです。つまり、ひとりになることへの恐怖が学校に居る時間のみならず、家に帰ってからも意識されるということが自然にあり得るのです。子どもたちがひとりでいることへの不安から解放される逃げ場は、一体どこにあるのでしょうか。
 わたしが子どもの頃は、休み時間によく本を読んでいました。今考えると、いつも本当に本を読みたかったかどうかは定かではありません。わたしは、本を読んでいれさえすれば、ひとりでいることを許されていたような気がしていました。自分がひとりでいることを周囲に正当化させるような理由が欲しかった、そういう意識があったのだとおもいます。運よく、あの頃に面白い作品にたくさん出合い、今でも読書が好きなので、結果良かったかなと今ではおもっています。これが解決案だとはいい切れませんが、一つの選択肢であるとはいえます。実際に、周りの目が気にならなくなるほどに読書に熱中してからは、いくぶんか楽に学校生活を過ごせるようになったのは確かでした。
 冒頭で紹介した友人のように、おとなになると、自分が過ごす場所は自分で選択することができるので、周囲の視線を意識するような環境や時間は少なくなります。すると、ひとりで過ごす時間の意義を発見できますし、ひとりでいることに対しても抵抗がなくなってきます。そうした点では、毎日同一の固定された空間で一日を過ごす子どもたちとは、置かれた状況は大ちがいだとおもいます。学校に通う子どもたちは、与えられた場所でうまく過ごしていくような方法を見つけていかないとなりません。
 もちろん、教室内の友達とどうやってうまく付き合っていくかを考えることは大切なことだとおもいます。けれども、それがひとりでいることに対する周りの視線を避けるためなのであれば、子どもたちの日常生活がとても窮屈に感じます。本音としての気持ちはどうなのか、本当はどうしたいのか。子どもたちには、周りを気にし過ぎて自分の思いを見失わないで欲しいなとおもっています。同時に、周りのおとなにも、子どもの本当の思いを尊重してあげられる環境を整える必要があると考えています。

執筆:相談員・大久保遥(はるたん)

参考資料

  • 土井隆義2014=2017、『つながりを煽られる子どもたち――ネット依存といじめ問題を考える』岩波ブックレット。
  • 辻大介2008、『朝日新聞』8月2日付(大阪本社版)、8月30日付(東京本社版)、夕刊。

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