子どもオンブズ・コラム令和元年6月号 自分の意見を言おうとする意欲を育てる

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ページ番号1008972  更新日 令和1年6月24日 印刷 

自分の意見を言おうとする意欲を育てる

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大倉オンブズのイラスト

 私はふだん大学で心理学を教えています。その授業中、学生に意見を求めることがあるのですが、なかなか手が挙がりません。「決まった正解のない問題なので自由にどう思うかを言ってほしい」とか、「班でどんなことを話し合ったかを報告してほしい」といった言い方をするのですが、誰も手を挙げないまま時間だけが過ぎていくということがよくあります。正解のない、何を言っても自由な問題だからこそ、逆に手を挙げにくいのかもしれません。
 けれど、そうした学生たちも、少なくとも幼児期には、もっと活発に自分の考えを口にしていたのだろうと思います。次のような保育のエピソードがあります。

 4歳児クラスの集いの時間。急に空が暗くなり、雷がゴロゴロと鳴り出しました。そして、パラパラと音がして、あられが降り出しました。お部屋に集まってきた子どもたちが、「あられだぁ」と話し始めます。そのときAちゃんが、みんなに素敵な秘密を教えてあげたいという表情で、「ねえ、お兄ちゃんに聞いたんだけどね、あられって雨と雪が混ざってできるんだって」と言いました。そこへ、すごい剣幕でBくんが「そんなん、うそやし!」と突っかかってきました。「うそじゃないし、お兄ちゃん言ってたもん!」とAちゃんは一生懸命言い返します。保育者が「Bくんはどう思うの?」と尋ねると、「あのね、ジュース飲むときに入れる四角い氷あるやろ? あの氷の白いところがあられやし!」とBくんも一生懸命です。お互いに相手の考えは受け入れられない様子で、だんだんと周りの友だちも巻き込んで、言い合いのけんかになりそうな雰囲気になってきました。
 そこで、保育者は「じゃあ、そのジュースの氷ってどうやってできると思う?」と話題を振りました。すると、じっと聞いていたCちゃんが「あのね、四角くて線が入っている入れ物に水を入れて、冷蔵庫に入れると氷ができるよ」と話し出しました。それに対して、Bくんは「そんなん入れんでもできるし!」と反論します。保育者はCちゃんが言っているのはきっと製氷皿のことだな、一方Bくんのおうちの冷蔵庫には自動製氷機能がついているのかなと想像しつつ、「じゃあ、あられが降るときは、誰かがお空の上で冷凍庫で氷をつくって、それっ!って氷を落としているってこと?」と投げかけました。子どもたちは「え?」と考え込みます。そこへDくんが「海の水が見えなくなって空に行って、そしてあられが降るんじゃない?」と話し出ました。保育者が“おおすごい、『しずくのぼうけん』(川、海、雨などをめぐる水の循環の物語)のおはなしを覚えていたのかな”と思いながら聞いていると、隣にいたEくんが「そんなんうそやし!そんな魔法使いみたいなことないし!」と怒って反論しました。
 保育者は、子どもたちがいろいろと想像を膨らませていることがすてきだなと感じ、ここで仕組みを伝えてしまってはもったいない気がして、「どうやってできるのかね、また先生もあられのおはなしがないか見てみておくね」と言って、話し合いを終えました。
(鯨岡峻『子どもの心を育てる新保育論のために』ミネルヴァ書房より、一部改)

 このエピソードで保育者が何よりも大切にしているのは、子ども一人ひとりが自分なりにいろいろ想像を膨らませて、それを言葉にできること、そして友だちにもその子なりの別の考えがあることを感じ、そこに耳を傾けていけるようになることです。言い合いになりそうな場面で、保育者が子どもたちの発言を大切に、そこからさらに想像を膨らませるような問いかけをしていくことで、4歳の子どもたちのあいだに「あられのできかた」をめぐる「話し合い」(まだ4歳ですので冷静な話し合いというわけにはいきませんが)の構図が生まれていきます。
 物事の不思議さに興味を持って、豊かに想像の羽を広げていくこと。自分の考えを述べたときに、それを頭ごなしに否定されることなく、大切に受け止めてもらえるという体験を積むこと。他者には自分とは異なる考えがあり、それを聞くことが刺激になって、さらに豊かな知識や想像が生まれていく楽しさを経験すること。これらは子どもが自分の興味あることに意欲をもって取り組み、同時に他者の存在を大切にできるようになっていくために不可欠の要素です。そうした経験を保証しようとする保育者の深い配慮性がすてきなエピソードです。逆に、もしここで保育者がAちゃんとBくんの対立を見て、「あられというのは、空で雪が雨に変わって、もう一度凍ったものだよ」という「正しい答え」を教えていたら、子どもたち一人ひとりが想像の羽を広げることも、それを言葉にすることも、他の子どもには別の考えがあることを感じることもなかったように思います。
 それにしても、幼児期にはこんなに活発に自分の考えを述べていた子どもたちが、大学に入ってくる頃になると、どうして自分の意見を述べることに対して及び腰になってしまうのでしょうか。少し考えてみて気づくのは、現在の学校では、先生が子どもたちに「正しい答え」を理解しているかどうかを確認するために挙手をさせることが多いのではないかということです。張り切って手を挙げたものの、「正しい答え」と違ったことを言えば、先生から「残念、そうではありません」と否定されたり、「他の人はどう思いますか?」と流されたりする。あるいは、子どもたちの「話し合い」の場が設けられても、先生が既に持っている「正しい答え」や「望ましい答え」以外の結論は許されない。そうした経験を重ねると、子どもたちは「自分の意見を言おうが言うまいが、別に結果は変わらない」という無力感を募らせていくことになります。恐らくはそうした無力感を持って大学生になった人たちに、自分の考えを発言したり、他者の意見を聞いたりすることの楽しさをもう一度思い出してもらうのは、なかなか大変だと感じています。
 子どもの権利条約第12条には、子どもが自分に関係のあることについて自由に自分の意見を表明する権利(意見表明権)を持っていることが定められています。これが本当の意味で実現されるためには、まず何よりも、子どもが自分の意見を言おうという意欲を持てるような育ちの環境を作っていくことが重要だと思います。

執筆:オンブズパーソン・大倉得史(おおくらとくし)

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