子どもオンブズ・コラム平成27年11月号 「あきらめきれないけれど」

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ページ番号1001692  更新日 平成31年1月24日 印刷 

「あきらめきれないけれど」

平野相談員の似顔絵
似顔絵:平野相談員

 ある日のことです。私は友人と2人で、ある駅から電車に乗ろうとしていました。その駅のホームは2階にあって、1階の改札を通って、エスカレーターでホームに上がっていく構造になっています。エスカレーターを半分ぐらい上がったあたりで、ホームのほうから激しく泣き叫ぶ子どもの声が聞こえました。何だろう?と思いながらホームに着くと、泣いていたのは6歳ぐらいの男の子でした。男の子はその子のお母さんらしい女の人と、きっと妹であろう3歳ぐらいに見える女の子と3人連れのようです。男の子はなおも激しい声で泣いています。同じホームの反対方向の電車を待っていた私たちは、しばらくその男の子たちとホームで一緒でした。
 なんでこんなに泣いているんだろう?そう思いながら聞いていると、男の子の泣きながら訴える言葉で何となく状況がわかってきました。男の子はしきりに「欲しい」「欲しい」「絶対に買ってー」「戻って買ってー」と泣きわめきます。お母さんは「けんちゃん、今日の分はもうおしまいでしょ。最初にお約束したでしょ」と厳しい表情ではありますが、冷静に答えます。「だって、だって、知らなかったもん。あれがあるってわかってたら、絶対ガチャはしなかった」「知らなかったもん。知ってたら絶対あれにしたー」とこの世の終わりのような泣き声です。それでもお母さんは動じず、「でも今日の分はおしまい。約束は約束だからね」ときっぱり答えます。男の子はあきらめきれません。苦し紛れに「じゃあ、今度行ったときは欲しいもの一万円分、絶対買ってー」とお母さんを挑発して、お母さんは「一万円なんて。無理です」と断ります。お母さんはどこまでも冷静でした。そして妹らしい女の子は、お兄ちゃんと母の様子をずっと黙って見ています。
 男の子とお母さんのやりとりを聞きながら、何となく私が理解した状況は、何かの帰りに3人でおもちゃのコーナーに寄った。そこで一つだけという約束で好きなものを選んでいいことになった。彼はきっと気に入ったガチャを見つけて、「これにする」と選び、お母さんにお金をもらってガチャをした。ところがそのあとになって、おもちゃコーナーを一周したらもっと欲しいものが見つかった。見つけてしまった彼はどうしてもそのおもちゃも欲しくなった。でも、最初の約束で一つと決めていたので、お母さんは「約束は約束だから」とあきらめるようにいい、あきらめきれない彼は、おもちゃ売り場から駅までずーっと泣いたまま。一周して見つけてしまったばっかりに、ガチャをしてうれしかったこともすっかりどこかにいってしまって、欲しかったおもちゃのことで頭がいっぱい。幸せから不幸へ突き落されたかのような。こんなことだろうなと思いながら、3人の様子を見ていました。
 さっきのようなやり取りを何度か繰り返し、男の子は納得できないまま3人が乗る方向の電車がやってくるアナウンスが流れました。男の子は「僕は帰らないから」と言い、お母さんは「じゃあ、頭冷やしてから帰ってきて。駅は2つ目だから。お母さん、先に帰ってるね」と言います。「お母さんも乗ちゃダメー」。見ていた私たちは、3人がどうするのか気になりました。そうしているうちに、とうとう電車がやってきたのです。すると、男の子はお母さんより妹より先にちゃんと扉の前に行き、降りてくる人を待って、電車に乗りました。しゃくりあげて、泣きべそ顔のままですが、さっきまで泣き叫んでいたのがうそのように電車に乗ったのです。その男の子のいさぎよさにびっくりして、でも、3人が電車に乗ったのにほっとして、彼らの乗った電車を心の中で見送りました。

 きっと、あの男の子はわかっていたのだと思います。どんなに泣いてもお母さんが譲ってはくれないことを。でも、悔しくて泣かずにはいられなかった。なんでもっとしっかり見てから決めなかったのかと。買ってくれないお母さんへのいらだちだけでなく、ちゃんと見なかった自分のことも悔しかったのでしょう。そして泣きながら、泣きながら、少しずつあきらめたのです。もちろん、あんな大声でホームで泣き叫んで、男の子も、それ以上にお母さんも恥ずかしかったに違いありません。でも、彼があきらめるにはそれだけの時間が必要だったのだと思います。
 おとなになっても、あのときなんでこうしなかったんだろうとか、もっとこうだったらよかったのにと悔しい思いをすることがあります。あの男の子のように、手放しで泣き叫ぶことはもうできなくなったけれど、泣きたいような気持になることは少なくありません。そんなとき、悔しさに気づかないふりをするのではなく、悔しさをしっかり味わうことで、あきらめきれないけれど、ちょっと前に進める。そんなこともあると思うのです。

執筆:相談員・平野裕子(ひらりん)

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