子ども・オンブズコラム平成25年7月15日号
ページ番号1001718 更新日 平成30年3月8日 印刷
「だから、あなたたちに来てもらったの!」

昨年9月のコラムでは、岩手県の山間部、西和賀町でおこなわれている地域養護活動に参加したときのことを記しました。地域養護活動とは、西和賀町の地域の人々が、虐待を受けた子どもの心の傷が回復することを願って実施されている活動のことです。今回は、その地域養護活動のひとつである、親から虐待を受け、親と一緒に暮らせなくなったために児童養護施設で生活している子どものホームスティの活動をめぐるエピソードを紹介します。
なつ(仮名)さんは、都会の児童養護施設で暮らしている高校生の女の子です。夏休み、彼女は西和賀町でホームスティをすることになりました。なつさんは、自分からホームスティを希望したのではなく、施設の職員さんから勧められ、施設の友だちと一緒に西和賀町にやってきました。
友だちと別れて、ホームスティ先のおばさんの家に到着したなつさんは、とてもがっかりしました。目の前に広がるのは、深々とした山と田んぼと川だけでした。山間部に来たのだから、あたり前のこととは言え、コンビニもゲームセンターも、カラオケもおしゃれな雑貨屋さんも何にもないところでした。なつさんは、ホームスティ先のおばさんに向かって、せっかくの夏休みなのに、なんてつまらないところに連れて来られたのだろうという、とてもがっかりした、いらだちの気もちをぶつけました。「ここには何にもないじゃない! コンビニもない、カラオケもない、ゲーセンもない!!」。
子どもであるみなさんは、もし、なつさんだったら、おばさんからどのように言ってもらいたいですか? またおとなであるみなさんは、もし、ホームスティ先のおばさんだったら、なつさんにどのような言葉をかけられますか?
私なら、きっと「でも、ここには、こんなにステキな自然があるのよ。ほら、みてごらん! 川には魚が泳いでいるし、緑がいっぱいで空気がとってもおいしいのよ!」。このように言われたら、なつさんのいらだちは、ますますエスカレートするに違いありません。そして、なつさんと私の間には冷たい空気が流れ、結局、私は彼女にそっぽを向かれるのでしょう。なぜなら、カラオケやゲーセンがあることを期待していたなつさんにとっては、「自然」なんて何の魅力もありません。それなのに、「自然」は価値あるものなのだから、あなたもそのように思いないさいと、私から「自然」についての感じ方を強制されるのですから。
ところが、ホームスティ先のおばさんは、なつさんに向かってこう言いました。「だから、あなたたちに来てもらったのよ」。おばさんの家でホームスティを終えたなつさんは、帰るときに、「見て! 川に魚が泳いでるよ!」、「わぁ! こんなにかわいい花が咲いている!」、「空気がおいしね!」と、自分から自然のすばらしさを伝えるようになっていたそうです。
ホームスティ先のおばさんは、「何にもない」というなつさんの気もちを否定することなく、むしろ、「何にもない」からこそ、この町には、なつさんや彼女の友だちに来てもらう必要があったのだと伝えました。「だから」っていう言葉が、なつさんの気もちを否定していないおばさんの心をとてもよく表しています。なつさんは、自分のがっかりしていらだっている気もちをわかってくれた人から、あなたたちが必要だと言われ、どれほど心が穏やかになったことでしょう。
このエピソードを知ってから、誰かの気もちを聞いたときには、「でも」ではなく、「だから」から話し始めたいと思っています。ところがさっそく、「でも、それってなかなか難しいんだよね」と言い分けしている私がいます。とはいえ、みなさんも一度、誰かの気もちを聞いたときには、「だから」って話し始めてみてはいかがでしょうか?
執筆:オンブズパーソン・井上寿美
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