子どもオンブズ・コラム 令和8年6月号 休むことは「尊厳」につながる
ページ番号1024577 更新日 令和8年6月3日 印刷
休むことは「尊厳」につながる
新学期が始まり、少しずつ日常のリズムができてくるこの時期。気づけば、頑張ることばかりに意識が向いてはいないでしょうか。
そんなときに思い出したい一冊があります。2025年に読んだ本の中でも特に印象に残っている『休暇のマネジメント ~28連休を実現するための仕組みと働き方』(高崎順子著、KADOKAWA、2023年)です。
この本を知ったきっかけは、もう休刊してしまった子育て雑誌『母の友』(福音館書店)の特集「私、休めているかな」(2024年7月号)でした。もともと休むことが得意でなかった著者が、20年以上暮らしたフランスで、「長期休暇=バカンス」の意味に触れ、その価値に気づいていったプロセスが紹介されていました。
フランスでは、バカンスは単なる休みではありません。「誰にとっても必要なもの」として社会全体で共有されている、いわば“国家的な取り組み”です。興味深いのは、その文化が自然発生したものではないという点です。1936年に制度の基盤が整えられ、戦後にインフラが整備され、1980年代には経済政策として活用されてきました。こうした長い歴史の中で、官民が協力しながら「休む文化」を育ててきました。
なかでも印象的だったのは、当時のフランス政府関係者の言葉です。それは、「労働者や農民、失業者には余暇を通して、生きる喜びと、人としての尊厳の意味を見出してほしい」というものです。「尊厳」という言葉が、休暇の文脈で語られていることに、驚きました。普段、福祉や人権について語る場面で使う言葉が、「休むこと」と結びついている…。休暇とは、単なる息抜きではなく、人が人らしく生きるための基盤だという考え方です。さらにフランスでは、低価格の旅行手段や宿泊施設を整え、「バカンスとは何か」を社会全体で広めていったといいます。その結果、バカンスは一部の富裕層の特権ではなく、「望めば誰もが手にできるもの」になっていきました。
一方、日本はどうでしょうか。「皆勤賞」という言葉に象徴されるように、「休まないこと」が美徳とされてきた社会があります。しかし、本当に大切なのは「働くこと」と「休むこと」のバランスなのではないでしょうか。本書では日本でも長期休暇を実現している企業が紹介されています。そこでは、仕事を減らすために「やめること」を決めたり、特定の人に依存する業務、属人化した働き方を減らしたりと、組織全体で工夫が重ねられていました。
もうひとつ最近読んで考えさせられた調査結果を紹介したいと思います。若者が安心して生き抜いていける社会をつくることを目的に活動するNPO法人サンカクシャによる『家賃補助プログラム報告書(注)』(サンカクシャ、2026年)です。家賃補助制度を受けたある若者が「バイト休んでいいんだと思えた。休むのも大事だと改めて思った」と語っていたのです。報告書では、家賃補助が単に金銭不足を補うだけでなく、休息や安心につながり、心身の回復を支えていたことが示されていました。
私は、この二つの話に共通するものを感じました。休むことを保障するには、「休んでも大丈夫」と思える社会の総意と、経済的な基盤が必要なのだということです。
では、今の日本社会を生きる子どもにとって「休むこと」はどうなっているのでしょうか。
私には、中学生になる子どもがいますが、子どもが体調不良で保育園に行けなくなった時、元気だけれども「学校を休みたい」と言った時、共働きの親である私たちは、どうやって子どもの「休むこと」を保障するか、必死で段取りを考えました。お互いの職場の理解、近所に暮らす友人たちのサポート、遠方の実家の助けを得ながら、なんとかやってきました。ただ、私たちのように、休むことが収入減や職場での不利益に直結しない環境で働く親ばかりではないでしょう。親のどちらかが子育てを一手に引き受けることでやりくりしている場合もあると思います。いずれにせよ、子どもの「休むこと」を支えるには、親の個人的な努力だけでは限界があるのだと思います。
子どもの権利条約によれば、子どもにとって休むこと、そして遊ぶことは、子どもの「人権」であり、第31条に「子どもは、休んだり、遊んだり、文化芸術活動に参加したりする権利をもっています(ユニセフ訳、休み、遊ぶ権利)」とされています。そして、子どもの権利条約には、第18条に子どもの養育にかかわる親(保護者)の責任に関する条文があり、ユニセフ訳では、「子どもを育てる責任は、まずその両親(保護者)にあります。国はその手助けをします」とあります。これらの権利が示すことは、子どもの「休むこと」を含めた子育ての責任は親(保護者)にあるが、親(保護者)がその子どもの権利を実現する余裕をもつためには国や社会の援助が不可欠であるということです。
休むことに関する社会の総意も、子育てを支える仕組みも十分でないなかで、親(保護者)の責任だけが強調されがちな世界に私たちは生きています。子どもが休み、遊ぶことを大切にするためには、おとなの余裕を生み出し、社会の総意を得るためのいくつもの過程と変革が必要であることをしみじみ感じている昨今です。
とはいえ、私自身も、決して休むのが得意なタイプではありません。どこでも仕事ができるように、常にパソコンを持ち歩いていますし、休日も家事をしながらオンデマンドの講演をきいたりしています。それでも、家族や友人とのゆったりした時間、これまで知らなかった世界との出会いは、新しいアイディアを生み、人生を豊かにしてくれます。まずは、仕事をする「わたし」だけではなく、地域で暮らす「わたし」、市民としての「わたし」として、社会とのつながり方を考えていきたいと思います。
(注)『家賃補助プログラム報告書』
これは、サンカクシャが、18~27歳の若者を対象とし、親からの経済的援助を受けられない大学生・専門学校生、奨学金やアルバイト収入によって生計を立てている者、またアルバイト収入のみで低所得状態にある若者を主な支援対象とし、家賃補助を含めた伴走型支援をおこなうなかで、その効果を明らかにしたものです。
執筆:オンブズパーソン 長瀬 正子(ながせ まさこ)
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