子どもオンブズ・コラム令和元年9月号 わかりたいと思うこと

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ページ番号1009379  更新日 令和1年9月24日 印刷 

わかりたいと思うこと

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     船越相談員のイラスト

 普段はあまり昔のことを思い出したりはしないのですが、ときどき、ふいによみがえってくる思い出がいくつかあります。それらを思い出すたび、なんだかすっきりしない、もやもやとした気もちになってしまいます。それはたぶん、ずっと呑み込みきれずにいる出来ごとだからなのかもしれません。

 わたしが彼女と仲よくなったのは、高校卒業後、1年浪人して予備校に通っていたころでした。彼女とは同じ高校の出身だったのですが、卒業までは顔見知り程度で、あまり深くかかわることはありませんでした。けれど予備校に入ってたまたま同じクラスになり、共通の友だちがいたこともあって、自然と一緒に過ごすようになりました。
 彼女はもんぺが好きで集めていたり、各地の盆踊りのことに興味をもって調べていたりと面白いところがあって、またそのことを堂々と口にできるひとでした。あまり小さいことにはこだわらず、物おじすることもなく、どこか不思議な落ちつきがありました。かと思えば思いがけないところで抜けていたりして、そういうところが親しみやすくもありました。わたしにとってはあまり付き合ったことのないタイプのひとで、はじめのうちは少しぎこちなさや気まずさもありました。けれども一緒にお弁当を食べ、自習をし、疲れた体を引きずって帰るうちに、いつのまにか、お互いにいじり合えるような仲になっていました。

 入試がひと段落し、それぞれに進路も決まったころ、彼女も含めて仲良くしていた数人で打ち上げをしようということになりました。そのとき何をしたのか、もうあまり正確には思い出せませんが、おそらくお昼ごはんを食べて、お茶をして、それからぶらぶらと外を歩いていたのだと思います。わたしの記憶にあるのは、夕焼けと夜のあいだのような空の色と、風がつよく吹いていたこと。それと(どうしてそんな話の流れになったのかはまったく覚えていないけれど)、彼女のこんな言葉。
 「私は、女のひとは働くよりも家のことするべきやと思う。これって、私だけ? おかしいかな」
 彼女にしてはめずらしく、まるで挑むような強い口調とまなざしでした。それは今でもはっきりと思い出すことができます。そのころ(といってもそれほど昔ではありませんが)、すでに男女共同参画が謳われて久しく、表立って彼女のような意見を口にするひとは少なかったように思います。彼女も反対されることを予想していたからこそ、あんなにも強い口調でわたしに挑もうとしたのかもしれません。
 わたしは彼女とは違う意見でした。働こうが、家の中の仕事をしていようが、それはどちらでも構わない。それ以外の道だってあるかもしれない。でもとにかく、だれかにこうあるべきと決められるのは嫌。そんなことのない社会がいい。そんな思いが、彼女に問われた一瞬のあいだに吹き出しました。わたし自身、あふれた思いの強さに驚いたのを覚えています。けれどそのとき、わたしはそのどれも、口にはしませんでした。わたしはただ、あいまいに笑って、「まあ、そういう考え方もあるんちゃう」と言いました。彼女もこれでその話題はおしまい、という雰囲気を感じとって、それ以上なにかを言うことはありませんでした。

 進学後、はじめの1年は何か月かに一度、みんなで集まったりもしていました。けれどそれぞれ別の大学に通っていたこともあり、次第に会うことはなくなりました。彼女が今、どこでどうしているのか、今もあのときと同じ考えをもっているのか、そもそもあのときのことを覚えているのか、わたしにはわかりません。けれどわたしの中にはずっと残っていて、思い出すたびに彼女に言えなかった思いがぐるぐると体じゅうをめぐります。

 伝えられなかったのはどうしてなのか、考えることがあります。伝えることで彼女との関係が変わってしまうことが、怖かったのかもしれない。彼女を好きだと思う部分と、でも彼女のその考え方は受け入れられないと思う部分とが、わたしのなかでうまく折り合えなかったのかも。でも、もっと深い部分、なにか根本的なところで、決定的な価値観のちがいを感じとってしまったのかもしれません。そんな彼女との間で、どこまで、なにを、共有していけるのか。伝えたところで、「共感」というゴールにたどり着けるのか。わたしはその壁にひるんでしまったのだと思います。だけど、「わかり合う」ことをあきらめてしまったことは悔しくて、だから今でもこうして思い出してしまうのかもしれません。
 もしも今、もう一度あのときの彼女に会えるなら、なぜ彼女がそう思うようになったのか、聞いてみたいな、と思います。どこまで話しても、やっぱり彼女の考え方は受け入れられないかもしれない。でも、彼女が生きてきた過程のなかで、どんなことを経験して、なにに影響を受けて、彼女の価値観が形作られたのか。どんな思いで、わたしにそれを伝えたのか。そのことを、わたしは、わかりたい。
 価値観の違うひとには、これまでもこれからも、たくさん出会うはずです。わたしの想像のつかないような世界で生きているひともいるはず。そんなひとたちと「わかり合う」ことは、そう簡単なことではないと思います。でも、なぜ彼らがそう思うのか。それはどんな風に生きてきたからなのか。そのことを理解したい、すくなくとも理解することをあきらめたくはない、と思うのです。

執筆:相談員・船越愛絵(まなてぃ)

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