子どもオンブズ・コラム令和2年6月号 身体的な交流の大切さ

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ページ番号1011294  更新日 令和2年12月22日 印刷 

身体的な交流の大切さ

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大倉オンブズのイラスト

 私は普段、大学で発達心理学を教えています。今年度は新型コロナウイルスの影響で、前期は原則としてオンラインでの授業をしなければならなくなり、講義スライドに音声を吹き込んだり、ウェブ会議用のツールであるZoom(ズーム)を使ってゼミを行ったりと、対処に追われる毎日を送っています。最初の頃は、新しい授業の試みに多少の新鮮さを感じる部分もありましたが、最近はやや疲れ気味というのが正直なところです。その理由を考えてみると、もちろんオンライン授業の準備が大変だということもありますが、やはり直接学生を前にしておらず、今一つ手応えがないということが大きいように思います。
 教員ならば誰でも感じたことがあると思いますが、学生が興味をもって、うなずきながら話を聞いてくれていると、自然とこちらの話にも熱がこもり、舌も滑らかになります。私の場合は、当初予定していなかった方向に話が脱線していったり、ふとユーモアを思いついたりすることもあり、そうしたことが「味付け」となって、生き生きと授業を展開していけるように思います。逆に、学生の大半が興味もなさそうに、眠たそうにしているという場合は、とても話しにくくなります。話すべきことがあるはずなのにそれがうまく出てこなくて、同じ話を繰り返してしまったり、言い間違いが多発したりして、自分でも「つまらない話をしているな」と思いながら話していたりします(その結果、さらに学生が深い眠りに落ちていくことになります)。
 どうしてこのようなことが起こるのでしょうか。私は、私たちの身体にその秘密があると考えています。
 みなさんは、レモンをかじる人を見て、「うわ、すっぱそう」と思わず顔をしかめてしまった経験はないでしょうか。すっぱさを感じるのは「あちら」の身体のはずなのに、見ている「こちら」の身体にもそれに近い感覚が生じて、自然とすっぱいものを食べたかのような表情になり、唾を飲み込んでしまうわけです。あるいは、イライラしている人のそばにいると、こちらまでイライラしてきてしまうという例を挙げても良いでしょう。このように、私たちの身体には、「あちら」の身体が感じていることを、「こちら」の身体も自然と感じてしまうという不思議な伝播性が備わっています。発達心理学では、たくさんの赤ちゃんがいる部屋で一人が泣き出すと他の赤ちゃんも一斉に泣き出すとか、お母さんが緊張すると抱っこされた赤ちゃんも身を固くして不安そうにするといったことが知られていますが、こうしたことも、この身体の伝播性によるものだと思われます。
 このことを踏まえると、もともと授業というのは、たくさんの身体がそれぞれの感じていることを伝播し合う場だったことに気づかされます。しっかりと話の流れを理解しつつ、興味をもって聞いてくれる学生たちとのあいだでは、「面白い、もっと話が聞きたい」という学生の身体と、「この先にもっと面白い展開がある、それを伝えたい」という教員の身体とで、お互いの感じていることが噛み合って、実際に、話がぐんぐんと面白い方向に展開していきます。学生の身体が「ん?ちょっとよく分からないぞ」と感じると、それが教員の身体にも伝わって、その点についてさらに補足説明できたりもします。ちょうど皆で協力しあって、目的地に向かって船を進めていくようなイメージです。逆に、眠たそうな学生たちを前にした講義では、「話を前に進めたい」という教員の身体の方向性と、「面白くない、早く終わってほしい」という学生の身体の方向性が噛み合わず、ギクシャクした授業になりがちです(コクリコクリと学生たちが実際に船を漕ぎ出します)。教員としては、そうした学生たちの身体に対して、いかに自分の身体の感じている「ワクワクするような学問の面白さ」を届けていくかが、腕の見せ所だということになります(何よりも自分が面白がって話すことや、興味を持って聞いてくれる学生を一人でも見つけて、その学生に向かって話しかけていくことで、次第に周囲を巻き込んでいくことなどがコツでしょうか)。
 大学の授業というと、いかにも知的な情報のやりとりが行われているかのように思われるかもしれませんが、実は結構、身体と身体のぶつかり合い(真剣勝負)といった側面があるのです。逆に、オンライン授業の何が物足りないかというと、(少なくとも私にとっては)この身体同士の駆け引きが行えないというところに、その最大の理由があるように思います。パソコンの画面に向かって、内容としてはこれまでと同じことを話しているつもりでも、自分の話が宙に浮いてしまうというのか、相手にどこまで理解してもらっているのかが掴めず、「十分に伝え切れた」という感じがあまりしません。似たようなことは学生側も感じているようで、オンラインでは通常の授業のような「熱い空気感」がなくて「物足りない」といった声を聞くこともあります。
 さらに、これと同様の物足りなさは、大学生だけでなく小中高すべての年代の子どもたちが、現在の生活全般の中で感じているものではないでしょうか。フィジカル・ディスタンス(物理的距離)を確保するために、さまざまな制限がかかった生活の中で、本当なら友だちと雑談で笑いあったり、けんかしたり、身体を動かして共に遊んだりすることで得られる身体的な手応え(他者と触れ合えているという実感や、しっかり自分のことを認めてもらえているという実感など)が十分得られず、物足りなさや自分でもよく分からないイライラを感じている子どもたちがいるのではないかということが気にかかっています。また、友だちとの身体的な相互交流を通して促される社会的・情緒的な成熟が、現在の生活の中で阻害されていないだろうかという点も気になります。
 自宅でオンライン授業が受けられるというのは便利だし、新しいツールを使った授業にさまざまな可能性があるのは確かです。今回のような危機的状況において、オンライン授業が受けられる環境を、すべての子どもたちに保障していく努力は、今後とも必要だと思います。その一方で、オンラインでは得られないような他者との豊かな身体的交流やそれに伴う充実感が子どもたちには必要だということもしっかり踏まえ、それを保障していくこともまた、とても重要なことだと感じています。
 オンブズでは、一人ひとりの子どもと可能な限り直接会い、その子の語ることだけでなくその身体からもさまざまな情報をキャッチしながら、話し合いを進めています。学習面はもちろん、他者との豊かな交流という点でも一人ひとりの子どもの権利が保障されるために何が必要なのか、社会状況が大きく変動しつつある今だからこそ、大切なものを見失わずに考えていきたいと思います。

執筆:オンブズパーソン・大倉得史(おおくらとくし)

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