子どもオンブズコラム令和2年5月号 Vulnerableを生きる

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ページ番号1011133  更新日 令和2年5月18日 印刷 

Vulnerableを生きる

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      堀家オンブズのイラスト

 年度が新しくなりましたが、とんでもないことになっています。これを書いている4月末現在、全国に新型コロナウイルスにかかわる緊急事態宣言が出されています。感染拡大を防止するため、不要な外出の自粛をはじめとして、生活の多くの部分に制約がかかっています。
 オンブズでの相談についても、現在は電話相談を中心に、必要に応じて細心の注意を払いつつ、対面での業務も継続しているという状況です。相談員も子どもたちの様子が気になりながら、他方で感染拡大のリスクを自身が子どもたちにもたらしてしまわないかといった心配もあり、毎日引き裂かれるような思いで業務に従事しています。
 ところで、先日、スーパーのチラシを見ていてある部分に目が留まりました。細かい文言までは忘れてしまいましたが、要するに「開店時間からの30分は、高齢者、障害者、妊産婦の買物客のための時間としますので、ほかのお客様はそのことについてご承知おきください」といったような内容でした。近所の一般的なスーパーマーケットですが、「お!このスーパーやるやんか!」と、感心しました。とはいえ、こうしたことは事態の当初から、海外では当たり前になされていたことでした。欧米の大手スーパーや一部の銀行などでは、“ older and more vulnerable customers(高齢者およびvulnerableなお客様)”を対象として、スムーズな買い物や手続きができるようになっていました。
 このvulnerable(バルネラブル)という言葉について考えてみたいと思います。vulnerableとは、辞書的には「傷つきやすい」「脆弱性がある」という意味ですが、簡単に言えば「しんどい状況におかれている」と考えればよいと思います。ただし、大事なことは、vulnerableとはあくまで「状態」を示す言葉であり、その人そのものを表しているわけではない、ということです。その人が弱い人なんだ、と捉えるのではなく、(その人が)社会の状況や環境によって不利な状態に立たされてしまっている、という考え方です。したがって、問題の所在はその個人にあるのではなく、社会の側にあるということになります(なので、先のスーパーのように状況そのものを変える必要があるという認識に至ります 注1)。
 現在の子どもたちのvulnerableの状況はどうなっているでしょうか。今回の件に関しては、国や自治体の対応が日々刻々と変わりますので、このコラムがみなさんの目に触れるころにはまた様子が変わってきていることでしょうが、現時点で子どもたちのvulnerableの状態は大きく3つぐらいの層に分かれるのではないかと私は考えています。まず第1の層は、こうした事態に陥らなくとも普段から教育・生活上、リスクの高い状況に置かれている子どもたちです。貧困家庭や障害のある子ども、外国につながる子どもたちなど、日ごろから社会で周辺化されるリスクの高い子どもたちです。私は普段、職場の周辺でこうした子どもたちへの学習・生活支援を行っているのですが、今はその事業もストップしています。そこに遊びにきていた子どもたちがいま、きちんとご飯を食べられているか、家で悲しい思いをしていないか、とても心配です。
 次の層は、コロナ禍において突如vulnerableに陥った子どもたちです。コロナによる感染の危機にさらされたりコロナ関連で親の仕事がうまくいかなくなったりすることで、危機に直面した子どもたちです。私の周辺では、経済的に厳しい家庭ではないけれども夫婦共働きで、この間も出勤を余儀なくされているため、仕方なく小さな子どもたちだけで留守番をさせている、という家族がいくつかあります。申請すれば保育所や学校で預かってもらえるでしょうが、感染のことを考えると家にいるほうが安全と判断し、結果的に小学生のお兄ちゃんが赤ちゃんのミルクを作って日中を過ごしている、といった話を耳にしました。普段はvulnerableと認識されないこの層の子どもたちがどれぐらいいるのか、そしてどのような支援が望まれるのかについて、急ぎ知る必要があるように思われます。
 そして最後に、生活の制限はあっても今のところ具体的な心身の危機に直面していない層の子どもたちがいます。具体的な心身の危機に直面していない、と書きましたが、当然のことながら子どもとしての基本的な権利(当たり前に暮らす、学ぶ、遊ぶなど)は著しく侵害されています。大多数はここに入るでしょうが、全般的な暮らしの制約下において、コロナに関わるネガティブな情報のシャワーを浴び続けていることのリスクが子どもたちのその後の生き方にどのような影響を与えることになるのか、非常に危惧されます。
 かくいう私も、現在非常にvulnerableであると感じています。私は、普段は大学で仕事をしているのですが、夏休みまではすべてオンライン授業ということが決定しました。もともとパソコンに詳しい先生方や若い先生方は、あっという間に機器を使いこなし、何事もなかったかのように通常業務をこなしています。私はと言えば、初めて聞く専門用語と格闘しながら学生たちになんとか最低限の学習の保障をしなければと毎日焦っています。対面式のための授業準備より何倍も時間と手間がかかり、自分のスキルのなさに絶望的な気持ちでいっぱいになります。助けてもらおうにも、それこそオンラインでの救済を求めなければならず、心細さは増すばかりです。外出できないストレスと、仕事の不安とで「つらい、さみしい」と車いすユーザーの友人にこぼせば、「何言うてるねん!俺なんか生まれたときから人間関係9割削減で生きてるぞ!」と笑われてしまいました 注2。恒常的にvulnerableである友人に、一時的vulnerableである私が叱咤激励されることになりました。
 現在推奨されている「ソーシャル・ディスタンシング 注3」が長引けばそれだけ、その行為が単に人との物理的な距離を保つにとどまらず、人間同士の心理的距離や、社会関係としての人間同士のつながりを奪っていくような気がしてなりません。「コロナ明けに元気に会おう!」と言いたいですが、コロナ明けの社会は、その前と全く同じものにはならないという覚悟が必要なように思います。非常に制約の大きい環境ではありますが、オンブズの活動についても、まずはやるべきこと、できることからできる形で、それぞれのvulnerableを生きながら、それでも分断されることなくみなさんとゆるやかに繋がり続けていきたいと思っています。

執筆:オンブズパーソン・堀家由妃代(ほりけゆきよ)

注1:日本においても、現在このような工夫を自治体として各スーパーや商店などに要請するところもでてきたようです。ただし、トップダウンで要請せねば実現が難しい社会のありようについては、考えねばならないところです。
注2:政府が人との接触を極力8割削減することを目標に掲げたことに関わっての発話であると考えられます。障害のある人が常に大きな制約を受けるこの社会の構造についても、改めて考えさせられます。
注3:物理的距離の保持のこと。
 

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