子どもオンブズ・コラム令和3年6月号 子どもの出自等を「知る権利」について

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ページ番号1013201  更新日 令和3年6月24日 印刷 

子どもの出自等を「知る権利」について

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三木オンブズパーソンのイラスト

 最近、私の子ども関連のライフワークとして、ある児童養護施設(以下単に「施設」といいます)での理事という仕事が加わりました。

 理事の本来的仕事は、理事会に出て、施設を運営する社会福祉法人の意思決定や業務執行に関与することです。しかし、せっかく施設で暮らす子どもたちの役に立てる機会を得たのですから、机上の関わりだけでなく、施設で暮らす子どもたちと、そしてその子どもたちの最善の利益のために働いている施設職員たちとのダイレクトな交流の機会を求めて積極的に動きたいと思っています。

 いずれは、私自身も子どもの声を直截的に聴くことができればと願っていますが、「ローマは一日にして成らず」、子どもたちにも心の準備があるでしょうし、いきなり知らない大人に根掘り葉掘り聞かれるとしたら、たまったものではありません。そこで、まずは職員たちとともに学ぶべく、児童会議と呼ばれる施設内のケース会議に参加してきました。

 そこでは、毎回特定の子どもにフォーカスした「見立て」と「手立て」をディスカッションしているそうですが、今回私が参加した回では、もうすぐ施設を卒業する子についてのライフストーリーワーク(以下「LSW」といいます)を主題に議論がなされました。LSWは、イギリス発祥とされていますが、いわば子どもが自らの出自等を知るための取り組みの総称であり、近年これが日本にも持ち込まれて、施設でも実践が積み重ねられてきています。

 LSWの目的のひとつは、自らの出自と育ちを知ることにより、自分の生に肯定的な意味づけができるよう、そしてそのことがその後の人生における糧となるようにすることだといわれています。この目的に適うかは、個々の子どもの考えや個性そして状況等に拠るところも大きく、一概に評価はできないといえますが、概して施設で暮らす子どもたちは、自分がなぜ施設で暮らさなければならなかったのか、なぜ生まれてきたのか、なぜ不本意な子ども時代を過ごすことを余儀なくされたのかといったことについて、一定の年齢に達したときには知りたいと思う心が芽生え、その思いを抱え続けているように思います。

 こうした子どもの出自等を「知る権利」は、子どもの育ちにとって、そして社会への巣立ちの準備として、大いに意義のあることだと考えられていますので、可能な限り当該権利の実践としてのLSWの機会が保障されるべきであると考えられているのです。

 しかしながら、LSWの実践においては、たとえば当該子どもの親のプライバシーや個人情報を扱わなければならない場面が多々出現します。もちろん、当該親が協力的であれば何の問題もないのですが、施設で暮らす子どもの親の中には非協力的な者も少なくなく、こうした親のいわば「知られたくない権利」と子どもの「知る権利」が衝突する事態が発生します。

 この点、このような子どもの「知る権利」は実は実定法上の明確な根拠を持ち合わせていません。つまり、どの法律あるいは条令もしくは判例等を見ても、子どもが自らの出自等を「知る権利」を保障する旨を明記したものは見当たらないのです(ただし、私はこうした子どもの「知る権利」は憲法13条の幸福追求権の範疇と解すべきものと考えています)。これに対し、親の「知られたくない権利」はたとえば個人情報保護条例や判例等でも認められてきた比較的明確な権利であり、それゆえに両権利の衝突場面では、どうしても親の「知られたくない権利」が優勢となりがちです。

 しかし、親はその子に対して養育の義務を負い、普通教育を受けさせ、社会的自立を促すべき存在です。その親が、自らの出自等を知りたいと願う子に対し、「知られたくない権利」を盾に子どもの権利の実現を妨げることが果たして素朴な正義の観念に適うでしょうか。私は、そうは思いません。ましてや、こうした養育等の義務を十分に果たせなかった親が、自らの権利ばかり主張していいものとは、私にはとても思えないのです。したがって、今後は、こうした子どもの権利の保障の観点から、より積極的なLSWの取組例とその「お墨付き」すなわちLSWに対する肯定的な司法判断の積み重ねがなされることを期待しています。

 最後に、今回の児童会議の中で、LSWのもうひとつの隠れた意義は、子どもが必ずしも自分にとって耳触りの良いことばかりではない事実に直面する際に、心から信頼できる施設職員すなわち大人が傍に寄り添ってくれて一緒に受け止めてくれるという安心感や人間に対する基本的な信頼感といったものを子どもに感得させることができるということではないだろうかと感じました。「親でなくてもいい」「親だけじゃない」、血はつながっていなくても、心から信頼できる大人との出会いが子どもを育み、大人への階段を上るきっかけを与えてくれるのだと思いました。そして、そうした子どもの成長に寄り添える施設職員の仕事のかけがえのなさとダイナミズムに心から感銘したのでした。

 執筆:オンブズパーソン 三木 憲明(みき のりあき)

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