第2回 美女丸・幸寿丸

小童寺
西畦野にある小童寺には、悲しい伝説が残されています。
10世紀に多田院(多田神社)を建立した源満仲は、子どもの美女丸を僧侶にするため、中山寺(宝塚市)へ修業に出しました。
しかし、美女丸は武芸のまね事ばかりして、遊んでいました。
美女丸が十五歳になったある日、満仲は修業の成果を尋ねました。
和歌や管弦はもとより、経文も読むことができないのを知った満仲は怒り、重臣の藤原仲光に「美女丸を切れ」と命じました。
主君の子の命を奪うことができず困り果てた仲光の姿を見て、仲光の子、幸寿丸は「わたしが身代わりに」と合掌し、まぶたを閉じました。
仲光は流れる涙をこらえ、わが子を切り、美女丸をひそかに比叡山(滋賀県)に送り出しました。
後にこれを聞いた美女丸は、修業に励み源賢僧都(げんけんそうず)となり、(自分の身代わりに命を絶った)幸寿丸のために小童寺を建てました。
春には桜が、秋には紅葉が伝説を彩ります。
- 小童寺の位置

小童寺周辺地図
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