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平成21年3月20日号

更新日 平成25年7月5日ID番号 K6502印刷

不機嫌と怒り、そして暴力

 この10年くらい、老人介護にかかわるワーカー、看護、心理職の人たちと勉強会などをしている。介護の場でしばしば見られるのは、不機嫌と怒りと暴力である。この三つに対応できるようになるためのトレーニングは、老人施設での援助者の必須メニューである。そしてこのメニューは対人援助者一般にも共通のもののようだ。
 誰かのせい、というのではなく自分がそこからはずされ、復帰の道はない。自分は置き去りにされた。そんな実感がじわーっとやって来るとき、人は不機嫌になる。さらに、その自分をはずした張本人が見つかると、怒り・暴力・暴言に火が着く(その悪玉は錯覚の場合もある)。なぜだっ!?人は、いきなりそんな事態に立たされる。この時の、なんとも言えない気分、内臓がもみくちゃにされるような、そんな不快感に耐えられなくて、人は怒る。
 自分は、これをなんとか出来るはずだ、出来て当然、そうせねば!だが、目の前の現実はその逆。
 小学校5年、女子。友だちと思っていたのに、その子はある日から全く別の人と遊び、自分を無視するようになった。息子/娘がじつは不登校だった。そう妻に知らされた父親。あれだけ言っているのに、またまた○○をやらかしてくれた生徒、それを前にした先生。はたまた、不当な扱いを受けた老人、メンツを潰された課長・・・。
 こうした場面にふさわしいのは、ほんとはブルーな気分だろう。この気分は後を引き、そこを思い切るには手間と時間がかかる。また、それをしのぐには暫定対応の工夫がいるだろう。しかし、そんな思いどおりにならないまま、まどろっこしく、方向の見えない事態の中に自分を置くことに、人はなかなか耐えがたい。人は、思いのほか無力感に弱い。
 無力なのではない。無力感がやって来るのだ。期待が裏切られ、不意を突かれる。あるいは、自分の熱意・善意が全く通じない。そう感じることが、無力感をもたらす。そこをできるだけ早く、しかも自力で脱出せねば、と焦る。これが更に無力感を強める。無力感とは、じつは孤立感のことである。人は孤立すると力を失う。逆に、その人から力を奪うには、孤立させることである。いじめの構造はこれがある。だからもし、いじめられていても誰かと繋がると、その子は自分に力を得る。たとえ、いじめの場で孤立があっても、孤立感は大きく減少するからである。
 この無力感/孤立感は、その直後に時間の猶予が与えられたり、その後に誰かと繋がるかすれば、やがて減少していく。だから、老人の怒りには、その場をひたすら耐えるのではなく、応答が必要なのだ。それが繋がる、ということである。人は、このかかわりの関係の手ごたえの中にあるとき、自分を取り戻し、その人らしく落ち着く。そして本来の力が発揮されやすくなる。子どもも、老人も、そして、いいおとなも、それは同じである。

 代表オンブズパーソン羽下 大信


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