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平成23年11月15日号

更新日 平成25年7月8日ID番号 K12320印刷

コラム「宿題って何のために、誰のために」

  とある番組で、出演者たちが連想ゲームをしていた。「スイカ」→「夏休み」→「宿題」と続き、その内の一人が、「宿題」→「やーだ!」と言ったところでストップ。「それは、個人的感情で、宿題するのが好きな人だっているかもしれない」「いや、宿題はみんな嫌でしょ?」「せざるを得ないからするんじゃないの?」というやり取りが出演者たちの間で交わされていた。
  そこで、自分の子ども時代に思いをはせてみた。小学生時代、とりたてて宿題で苦労した覚えはない。日々の宿題はたいてい、本読みとか漢字ドリル、計算ドリルなどで、そのどれも嫌いじゃなかった私は、そこまで苦に感じていなかったのだと思う。社会の宿題で、「自分の近所の地図を作る」なんていうのもあって、画板を首から下げて、友達とワクワク、近所の商店街を歩いた記憶もある。 
   もちろん、夏休みや冬休みの宿題は多くて、つい遊びに熱中してしまう私は、のび太くんのごとく、始業式ギリギリに宿題に追われる人になっていたのだけれど…。学年が上がるにつれて、長い休み時の宿題量も増えて、家族みんなで宿題を終わらせるということも、大きな声では言えないけどあった。 
   ふり返ってみると、宿題というもの自体、私にとって苦にまではなっていなかったにせよ、喜んでしていたわけでもなかった。友だちやまわりはどうだったのだろう…。 
   色々と「宿題」にまつわる記憶の糸をたぐりよせてみると、好きな宿題があった。実際、それが宿題と呼ばれるものかどうか分からないけれど、小学4年生の時の私にとって好きな学習だった。それは、「自由学習帳」というもので、何でも1ページ書いたら、先生に出して、シールをもらえるというものだった。シールを集めることは、その当時うれしかったのかどうか覚えていないけれど、また、友だちとそんなことで競った覚えもないけれど、自分が好きなことをノートに書いて、それを出したら、先生から丸をもらったり、コメントを書いてもらうのがうれしかった。詩や日記など、書くことが好きだった私は、その大半を何かしら書くことに費やしていた。時々、その中からクラスメートにおひろめする時間なんかも授業の中にあり、「次は何をしよう?」とワクワクしていたのを覚えている。 
   「自由学習帳」の何がそんなにうれしく、ワクワクしていたのだろう?「自由学習帳」に書く内容は、自分の興味のあるものでも、何でもよく、また、その宿題は、してもしなくてもよい、というもので、全てが子ども一人ひとりに委ねられていた。自分に委ねられた「自由」というのが、私は嬉しかったのだと思う。それは、宿題と「楽しい」がつながる体験だった。

   宿題って何のためにあるのだろう。
   授業で教えなければいけないことが増えた昨今、宿題に追われる子どもが増えた様に感じる。日々の学習を補強する為にも「宿題」に重きが置かれがちなのだろう。時には、「出来ない」ことのみが問題視されて、なぜ難しいのかの理由には着目されず、悩む親子。そこから派生して、親子関係が厳しくなるケースも耳にする。
   でも、宿題によって子どもとその周りの関係がしんどくなったり、子どもが追いつめられるのは、少し違う様に思う。宿題によって感じることは子ども一人ひとりによって違うだろうけれど、子どもがワクワクと自分のペースで取り組めるものであればいいなぁ。子どもに委ねられるような宿題のあり方を考えてみたいと思う。                                         (相談員:村上 裕子)


視察を受けました

■11月14日(月) 東京都立川市議会文教委員会


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