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平成22年11月25日号

更新日 平成25年7月4日ID番号 K9706印刷

コラム『おとなたちへ~「発達障害」と言う前に~』

 このところ、大きく報道されるような少年事件の場合には、少年は「発達障害」か、と書かれたり、それを補強する識者のコメントが載ったりすることが増えた、という印象があります。それは「発達障害」があったから事件が起きた、原因は「発達障害」だ、と読者・視聴者を納得させようとしているかのようです。
 では、そんな記事を見た中学生に、「あの子は発達障害だから事件を起こしたんですか?」と尋ねられたら、あなたなら、どう答えます?通常、12歳の子どもたちには心身の能力がほとんど出揃っています。因果関係も含んだ論理一般を操り、また善悪の判断をし、文字・数字を操る知的能力を持ち、そして、自分の気持ちを感じ取り、相手の気持ちも推察できる情緒も機能しています。だから、この質問は、十分にあり得ます。
 この、誰に教えられたものでもない多様な能力の獲得を、心理学は心の「発達」と呼んできました。生まれてから死ぬまでの、知的能力や情緒・情動や意志の働き・展開の全てが「発達」ということになります。この視点から見ると、いまその人に何か問題/困難がある、とされたとして(誰がそう思うかも大事ですが)、75歳の老人が老健施設でテレビをブン投げて大立ち回りをしていても、10歳の子どもが授業中に奇声を発し、机にケリを入れ暴れていても、そうした行為は、人とのかかわりによって、やがては展開、解決し得るもの、ということになります。
 一方、身体の構造・機能に(生まれながらに、あるいは中途から)明らかな制限・制約が生じている場合は別です。もともと、「障害」という語は、この制限・制約のことを指し、それは後々の身体の成長によっても、取り返すことは極めて困難という前提に立っています。
 こうした点からすると、変わり得るもの=発達の語と、それ自体は変わらないもの=障害の語のふたつの組み合わせは、ミスマッチです。
 僕が願っているのは、「発達障害」の語が、専門家に限らず様々な人たちの対応の中で、やがて消えて行くことです。一方、現実は今のところ逆で、人とかかわることを専門とする人たちも、より積極的に使うようになってきました。たとえば、小児科医のなかには、「定型発達」と較べて発達に問題がある、と言ったりする人たちも出てきました。ここに来て、僕はとても心配になり、ある機会に、小児精神科の、日本でもリ-ダ-的存在と言われている方に、「『定型発達』って、単にモデルに過ぎませんよね。それとも実際にあるものと考えておられるんですかね?」と尋いてみました。その先生は、僕の考えを否定はしなかったけれど、そのとおりです!とも言われなかった。僕のにじり寄る圧力が強過ぎたのだろうか。ここはむしろ、「臨床現場にいるからこそ、モデルが欲しくなるんでしょうか」とつけ加えていれば、もっとニュアンスのある話が出来たのかもしれないと、あとで反省。
 たしかに、「発達障害」という語が使われることで、かかわる人と手が増える利点もあります。が、その場合に、おとなや関係者の側の判断だけで事が進み、当人が置き去りにされることもしばしばです。「よかれ」という思いは暴走する、専門家だからそれを食い止められるということはない、と思っておくのがいいのではないでしょうか。
                                                           (代表オンブズパーソン  羽下 大信)


視察等を受けました

  ・10月 6日(水):埼玉県春日部市議会【公明党議員団】    
  ・10月21日(木):関西福祉大学社会福祉学部社会福祉学科2回生
  ・10月27日(水):山形県酒田市議会民生常任委員会
  ・11月17日(水):東京都清瀬市議会福祉保健常任委員会


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