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〔子どもオンブズ・コラム平成28年5月号〕なかなかシブイじゃない

更新日 平成29年11月17日ID番号 K20174印刷

なかなかシブイじゃない

浜田オンブズの似顔絵
似顔絵:浜田代表オンブズパーソン

 最近、オンブズへの相談のなかで一番多いのは「不登校」でしょうか。そのためもあってこの三月のオンブズ年次報告会でも「不登校」をテーマにシンポジウムを持ちました。ということで、今回の話は、この「不登校」のことを考えていて、ふと思ったこと。

 「不登校」という言葉は、いまではすっかり世間で定着していますが、これが問題になりはじめた頃には「登校拒否」なんて呼ばれていました。「拒否」というと、決然と「学校には行かない」と言っているようにも聞えますが、実際はむしろ逆で、行かなければならないと思っていても、身体が拒絶して、お腹が痛くなるとか、熱が出るとかいった身体症状を示す事例が多く、むしろ一種の神経症的な問題だと考える見方が一般的でした。そう言えば、文字通りに「学校恐怖症」というような言い方もありました。でも、長期欠席になる子どもたちの数があまりに多くなり、それはもう病気の問題などではなくて、誰にでも起こりうることだと言われるようになって、いつごろからか「不登校」という漠然とした言い方が一般的になったようです。
 ただ、「不登校」という言い方は「学校に行っていない」状態を、第三者的に名づけただけのもので、子ども自身の気持ちがそこには何も表現されていません。そこで、子どもの気持ちの側から、これをごく普通に言い換えるとすれば、「登校しぶり」ということになるでしょうか。不登校の子どもたちのなかには、「学校なんか絶対に行かない」と言って文字通り拒否している子もいますが、それはむしろまれで、たいていは「なんとなく行きたくない」、「学校へ行くのは気が重い」というもので、学校へ行くことをしぶっているのです。

 考えてみれば、この「しぶる」という言葉は、なかなか微妙です。漢字で書くと「渋る」となりますが、辞書的な意味は「なめらかにいかない状態になる」こと、あるいは「気が進まない様子を示す」こと(『新明解国語辞典』)。面白いのはこの否定表現です。「なめらかにいかない」というのは「なめらかにいく」ことを念頭において、それがうまく「いかない」こと、あるいは「気が進む」ことを前提に、それがうまく「進まない」こと、つまりそこには望ましい状態が前提としてあるのです。
 「登校しぶり」も、学校なんか行かなくていいと開き直っているのではなくて、親が学校へは行ってほしいと願い、子ども自身も学校には行くべきものだ、行けるものなら行きたいと思っていて、そのことを念頭においたうえで「でも行けない」「でも行きたくない」と思っているのです。ただただ「行きたくないから行かない」というのなら楽なのですが、「行く」ことが前提としてあって「でも行けない」、その二重性が悩ましいところです。
 幼い子どもの「登園しぶり」などもそうで、自分は行きたくない、家で大好きな親といたいというだけではありません。自分を保育所・幼稚園に行かそうとしている親の思いがあって、それを子どももなんとなく分かっています。そうして「行ってほしい」という親の思いを知り、行った先での楽しみも知ったうえで、それでも「行けない」、その悩ましい二重性が「登園しぶり」で、それがすでに二歳、三歳の子どもからはじまってしまうわけです。

 人間というのは、こういう二重性を生きるややこしい生き物です。思いめぐらせてみれば、そうした場面が登校や登園だけでなく、いろんな場面にあります。これをどう考え、どのように日常のなかでこなしていくのかは、じつは、子どもだけの問題ではありません。もう七〇歳の一歩手前にいる私などでも、思い返せば、しょっちゅう出会っていることです。
 救いは、この状況の二重性に合わせて、それに対する対応や解決も二重だということ。じっさい、人生に野球でのような「クリーン・ヒット」はめったにありませんが、「しぶいヒット」はたまにあります。体操競技でのような拍手喝采の「見事な演技」は、並の人間にはかないませんが、身近な人がそっと喜んでくれるような「しぶい技」や「しぶい芸」は、だれでもたまに見せることができるかもしれません。
 「不登校」の子どもが何かのきっかけで学校に行けるようになって、でも、かならずしも喜んで行っているわけではない。そんな様子が見えても、ふっと「なかなかしぶいじゃない」と思ったりすることがあります。もちろん、登校しさえすればいいというようなことではありません。でも、この人間の二重性を引き受けていけるようになった姿を見ると、なにか「しぶい」と思えてしまうんですね。
 もっとも、こう言えば「しぶい登校」を讃えているように聞こえるかもしれませんが、二重性を踏まえるという意味では、もちろん「しぶい不登校」だってあります。無理して登校しているところから、いいんだ休んだって、と開き直って、ふっと楽になる。そういう引き受け方もまたしぶい。人生は複雑なものです。

執筆:代表オンブズパーソン・浜田寿美男(はまだすみお)
 


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