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オンブズパーソン・コラム(平成25年6月15日号)

更新日 平成29年11月16日ID番号 K14608印刷

子ども時代をどう考える?

浜田 代表オンブズパーソン
似顔絵:浜田代表オンブズパーソン

 ブルーナーという高名な心理学者がいます。その自伝『心を探して』(みすず書房)を最近たまたま必要があって読んだのですが、彼がそれを書いたのが1983年で、68歳のとき。それからもう30年になりますから、きっともう亡くなっているに違いない。そう思って、何歳まで生きていたのだろうかとネットで調べてみると、ウィキペディアには「J.S.ブルーナー(1915~ )……」とある。なんとまだご存命なのです。そう言えば、新著『ストーリーの心理学』(ミネルヴァ書房)が日本語に翻訳されて出たのが2007年、まだ6年前でした。その彼はいま98歳、2年後の2015年には100歳。まるまる一世紀を生き、そのうちの80年近くを心理学者として活躍してきたことになります。スゴイものだ、と感嘆したうえで、さてと我が身を振り返れば、1947年生まれの私ももう66歳。年齢だけ見れば、これだってそうとうにスゴイ。若い頃には60過ぎの人に出会うと、しっかりオジイサンと思っていたのに、いざ自分がその歳になってみると、まったく実感がないのだから、不思議というのか、勝手というのか。おかしなものです。

 そのブルーナーが自伝のなかで「もしも人生が面白いとすれば、それは後戻りできない一方通行の路だからだ」というフランスの諺を引いて、そのうえで「では、その一方通行の路を歩み出す前の子ども時代をいったいどのように考えればよいのか」と問うています。ちょっと奇妙に聞こえるかもしれませんが、ブルーナーによれば子ども時代というのは人生という一方通行路に入る手前の時代だというのです。じっさいブルーナーは、「私の子ども時代は、以後の私の人生とまるでつながっていないように思われる」と書いています。
 そう言われてみると、私自身も瀬戸内海の小豆島に生まれ育った18年間の子ども時代と、大学に入ってから今日まで街で暮らしてきた48年間の生活とがすっかり切り離されていて、まったく別人の人生であるかのように思い出されます。ブルーナーにならって言えば、後戻りのできない一方通行の人生がはじまったのは、私の場合は18歳のとき。裏返して言えば、人生がはじまる前の子ども時代は、まだ何者になるかが分かっていない純粋に可能性の時代でした。ブルーナーの用いた比喩を借りれば、二匹の芋虫が頭上を飛び交う華麗な蝶を見つめながら、一匹が他の一匹に「ボクがあんなふうになる時には、君にはきっとそれがボクだとは見分けがつかないだろうな」と言う、そういうイメージでしょうか。ただし、この比喩は「華麗な蝶」でなくて「醜悪な蛾」であっても成り立ちますから、それが怖いところだし、面白いところです。 

 それにしても、子ども時代がその後の人生を決めたりはしない、そこからはじまって後の人生にはいろいろ多様な、しかし後戻りのできない路が開かれているというこのイメージは、ある意味、じつにのんびりした牧歌的なものでした。しかし、これがはたしていまでも通用するのかどうか、その点が気がかりです。いまはむしろ、人々が子ども時代をおとなにつながっていく準備の時代であるかのように考えて、子ども時代が可能性の時代なら、まさにその子ども時代に励んで将来の可能性を広げておかなければ、といった強迫的な観念にとりつかれているように見えます。子ども時代のイメージ、その位置づけが、どこでどうすれ違って、いまのような息苦しいものになってしまったのか。それは時代のせいでしょうか。いや、たとえ時代のせいだったとしても、そう言ってすませていいわけではないはずです。毅然として歯切れのよい茨木のり子の口ぶりを借りて言えば、「駄目なことの一切を/時代のせいにするな/わずかに光る尊厳の放棄  自分の感受性くらい/自分で守れ/ばかものよ」というところでしょうか。嗚呼。

 執筆:代表オンブズパーソン・浜田寿美男
 


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