エンターキーを押すと、ナビゲーション部分をスキップし本文へ移動します。

現在の位置 : トップページくらしの便利帳市民活動・人権・生涯学習人権・男女共同参画川西市子どもの人権オンブズパーソン子どもオンブズ・ニュースオンブズパーソン・コラム › 平成23年7月15日号


ここから本文です。

平成23年7月15日号

更新日 平成25年7月5日ID番号 K11695印刷

コラム「無年齢のおじいさんと子どもたちと」

  私はこの4月にオンブズパーソンになったばかりの新米です。
「新米」と言っても、歳だけは食っていて、いま64歳。18歳までは瀬戸内海の小豆島で暮らし、大学入学で京都にやってきて、もう46年です。私の子どもの頃を思い起こしてみると、ほんとに「嘘だろ!」と思うくらい、時代は移り、社会は変わり、良かれ悪しかれ、いまはもうすっかり別世界。「10年ひと昔」の勘定で言えば、私の子ども時代は、もうその「昔」を5つも重ねているんですから。そりゃ変わるでしょうよ、って思います。ただ、そう思うわりには、自分自身はあまり変わらないというか、成長がないっていうか、そんな気がしてなりません。
  こんな話をしていて、いつも思い出すのが、チェコ出身の作家ミラン・クンデラの小説『不滅』のなかに出てくる場面です。60歳過ぎと思われるご婦人が、プールで水泳の手ほどきを受けている。息つぎやバタ足を懸命に習った後、プールサイドに上がって、トレーナーの若い男性に「じゃあ、また」と手を振る。その仕草がまるで20歳の娘のようで、そばで見ていた主人公は、胸がしめつけられるような感動を覚える。水着姿の彼女は、どう見ても皺くちゃのおばあさん、だけどその仕草は若い娘そのもの。そこで、「人はある例外的な瞬間にしか年齢を意識していない、たいていの時間を無年齢者でいるのだ」と気づくのです。
 「年齢は?」と聞かれると、誰もがほとんど自動的に「〇〇歳」と答えます。だけど年齢というのは、時間の物差しを外から自分にあてはめて、生まれてから何年目なのかを数えた数にすぎません。その年齢がどうであれ、私たちは自分の身体の位置から、このいまを生きています。そこには年齢も何もなくて、その身体の内側からこの世界を生きている自分がいるだけです。クンデラに言わせれば、人はみなそんな「無年齢」を、おのおのの身体で生きている。それがほんとうです。
   私は、子どもたちに出会ったとき、たとえば「10歳の子ども」がそこにいるとは思わないようにしています。年齢が何歳であれ、そこにそうしてその身体をたずさえて、いまという時代を生きている人がいる。そして私自身も、年齢ではずいぶん年上のおじいさんですが、この身体の位置から「ここのいま」を生きている人間であることに変わりはありません。これから子どもたちと、そんな無年齢のおつきあいができれば、と思っています。         (オンブズパーソン  浜田寿美男)


このページに関するお問い合わせ

子どもの人権オンブズパーソン事務局
〒666-8501 川西市中央町12番1号 市役所3階
電話:072-740-1235 ファクス:072-740-1233
お問い合わせは専用フォームをご利用ください。



このページのトップへ戻る

表示 PC スマートフォン